「92共識」(1992年に両岸の交渉窓口機関が非公式に合意したコンセンサス。中国は一つであり、その“一つの中国”の解釈権は双方にある)という言葉を出さず、「一つの中国」という言葉も出さなかった点は、92共識を認めないという民進党の立場をぎりぎり守ったものの、1992年に「求同存異」の政治的考え方で話し合われた会談を歴史的事実ととらえ、中華民国憲法、両岸人民関係条例に基づいて中台関係を推進していくとした。

 中華民国憲法はいわゆる「一中憲法」。領土についていまだ「中華民国の領土はその固有の疆域による」の一文があり、それがチベットやモンゴルを含むいまの中国の領土以上を示す36年憲法第四条を踏襲していることになる。この憲法の延長にある両岸人民関係条例(台湾地区および大陸地区人民関係条例)を基礎にするということは、李登輝の「二国論」「一辺一国」(台湾と中国は特殊な国と国の関係)は放棄したというふうに受け取られる。「一中」を否定せず「二国論」を放棄したという意味では、かなり中国に妥協した内容だ。

問題を棚上げしつつ、改革への意志を示す

 だが、字数にして6000字30分以上の演説の中に中華民国という言葉はわずか5回しか使っておらず、一方、台湾という言葉は41回も出している。演説の締めくくりに、就任式のパフォーマンスで歌われた台湾語の歌「島嶼天光」のワンフレーズ「今がその日だ、勇敢な台湾人よ」という言葉を掲げて、「国民同胞、2300万人の台湾人民よ、待つのは終わった。今がその日だ。今日、明日、将来の一日一日、われわれは民主を守り、自由を守り、この国を守る台湾人になろう」と呼びかけた意味を含めると、いまの段階は「一中憲法」を容認しつつ中国を刺激しないように問題の棚上げを図るも、将来に向けての改革への強い意志は秘めている、というメッセージは伝わっている。

 反中国共産党的な論調で知られる台湾蘋果日報紙の世論調査では、聴衆の76パーセントがこの演説に満足だといい、92年の会談に触れつつ92共識に言及しなかったことについては63.75パーセントの聴衆が肯定的だったという。

  国際社会からみても、この就任演説はおおむね好評であったように思う。