
台湾の新総統・蔡英文の就任式が5月20日に行われたのに合わせて、台北に出かけた。一時は馬英九前総統のどのような妨害があるかと心配されたが、日本の沖ノ鳥島を岩と宣言してみたり、公邸の引っ越しをぎりぎりまで遅らせる程度の嫌がらせぐらいで、就任式はつつがなく終わった。
台北の雰囲気は、さほど盛り上がっておらず、祝賀ムードというほどのものではない。去年と比べると中国人観光客を見かける頻度もぐっと減り、例年の5月より気温が低めであったせいもあるかもしれないが、なんとはなく活気が落ちたような印象も受けた。民進党界隈は確かに非常に盛り上がっているのだが、街ゆく普通の人に、新総統への期待を尋ねれば、「期待もしていないが、馬英九よりはましだろう」といったあっさりした反応が多い。
就任演説は「92共識(92年コンセンサス)」や「一つの中国」という言葉をうまく避けながらも、中国にも配慮した形でまとめられ、リアリストの蔡英文のバランス感覚がうかがえるものだったおかげか、当日の台北市場の株価は、「株価は下がる」という大方の予想を裏切り、ご祝儀相場というほどではないにしても、若干あがった。蔡英文政権としては、あまり気負う必要もなく、よい感じで就任1日目がスタートしたのではないだろうか。
だが、中国の方は、心穏やかではないようでもある。就任式の注目点をまとめながら、今後の台湾と台湾をめぐる中国、米国情勢を少し予想してみたい。
「滅私奉公型の官僚政治家」を前面に
まず、全体の式の印象を述べれば、従来のものと比べて、悪く言えば荘厳さに欠け、よく言うと庶民的、フレンドリーな演出であった。だが、カメラワークなどに凝っており、ライブが動画サイトで配信されている点からも、非常に大衆の目、特に若者の目を意識した就任式であることははっきりしている。
蔡英文は、黒のスラックスに白のカットソーと白のジャケット、一切の貴金属宝石類のアクセサリーを身に着けず、腕にロンジンの使い慣れた12万円程度のシンプルな時計をはめているだけだ。化粧もほとんどしていないようで、少なくともファッションにおいては、就任式という晴れの舞台に臨む気負いが一切なかった。
テレビでは、朴槿恵・韓国大統領やミャンマーの国家顧問、アウンサン・スーチー、タイの元首相・インラック・シナワトラなどと比べて、そのファッションの色気のなさを論評していたが、それは国民党の「無駄遣い」政治のアンチテーゼとして、むしろ有権者にとっては好ましいものであったと思う。
陳水扁政権は夫人の物欲が政敵に付け込まれる隙を与えて失脚させられたが、蔡英文は結婚もせず、家庭ももっていないので、その心配もない。本人はおすすめの飲食店を尋ねられたらB級屋台グルメをあげ、着るものも無頓着で、一切の私欲物欲を感じさせない。日本などではすでに絶滅した滅私奉公型の官僚政治家のイメージを打ち出すことに成功していた。
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