だが、習近平政権は、香港市民がいかなる反対運動、抵抗運動を展開しようとも譲歩をすることはないのではないか。

 一般にキャリー・ラムのように世論調査で支持率が極めて低い候補を北京の操作によって無理やり行政長官につけた場合、世論の反感を抑えるために、政権発足当初は香港に対して厳しい要求をしないよう北京サイドが手心を加える様子見期間がある。せっかくできた傀儡政権を早々につぶすわけにはいかないからだ。梁振英が行政長官に就任したばかりのときの北京の態度がそうだった。

自らの失敗を政敵の失敗で相殺

 だが、もしキャリー・ラムが習近平の“コマ”でないならば、その支持率が低迷し、香港市民から激しい抵抗運動が起きようとも、香港社会が不安定化したとしても、責任は張徳江ら上海閥のせいと突っぱねることができる。現在の香港の不安定化の根っこは、習近平政権になって香港・台湾のコントロール強化をあからさまに急ぎすぎたことで、市民が危機感に目覚めたからであり、ありていに言えば、習近平の対台湾、対香港政策の失敗だとされている。この失敗を相殺するには、より大きな、政敵による香港コントロールの失敗を招けばいい、ということになる。

 すでに習近平は雨傘革命のときも、一切の妥協をせず、香港の混乱が2か月半におよび、その経済的信用が地の底に落ちても気にしなかった。それどころか、この香港の混乱の責任を理由に、曽慶紅人脈の筆頭であった廖暉を失脚させるなど、権力闘争に利用している。さらに、銅鑼湾事件や蕭建華事件のような香港の司法の独立を平気で踏みにじるようなこともしている。

 秋には党大会が控えており、権力闘争はこれからも激化するだろう。香港は、間違いなくその権力闘争の一つの戦場だ。返還20年という今年の7月1日、新行政長官の就任も兼ねた香港の中国返還記念式典に、習近平は出席すると見られている。また習近平は解放軍駐香港部隊の閲兵式も行うとの観測も出ている。

 このときにもし、香港市民による大規模デモがぶつけられたら、習近平はどうするだろうか。2015年に話題となった香港映画「十年」のシナリオではないが、習近平も、その政敵も香港の安定より権力闘争をいかに勝ち抜くしか考えていないとしたら、どのような流血沙汰の陰謀が仕掛けられるかもしれない。このときの政権の対応次第では、50年維持すると中英共同宣言で決められた一国二制度が、20年で放棄される可能性もゼロではなかろう。

 ラムは当選を受けての演説で、自分の使命は、香港の分裂を修復し、一国二制度と香港の核心的価値を守ることだと語り、香港の若者たちの意見や主張を重視していきたいと殊勝に語った。その言葉に嘘がないならば、(クリスチャンの彼女が嘘をつかないとしたら)、彼女の行く先も、香港の行く先も、茨の道でしかない。

 ともに儒教を文化の基盤にしているから「中国人とは理解しあえる」と信じる日本人はいまだに多い。だが、習近平政権下の空前の儒教ブームは、政治に敏感な彼らの保身のための口パクにすぎず、中国人はとうに孔子を捨てていたのだ。 「つらの皮厚く、腹黒く、常に人を疑い、出し抜くことを考え、弱いものを虐げ、強いものにおもねりながら生きていかねばならない」中国人の苛烈すぎる現実を取材した。
飛鳥新社 2017年2月15日刊