実際、香港社会の急な不安定化は党中央の権力闘争とリンクしている。香港は少なくとも習近平政権発足前までは、上海閥、特に曾慶紅がその利権をほぼ完全に掌握していた。例えば国務院香港・マカオ事務弁公室トップを13年務めてきた廖暉も、中央政府駐香港連絡弁公室(中連弁=中国の在香港大使館のようなもの)のトップの張暁明も、曾慶紅の子飼いの部下であり、彼らの後押しで行政長官を務めていた梁振英も上海閥の利権とからんでいた。宋林(華潤集団元董事長)や蕭建華(明天系創始者)ら、香港経済・金融の重鎮も曾慶紅の側近だ。香港芸能界、スポンサーも、ほぼ曾慶紅人脈に牛耳られていた。

最大の受難は「国家安全条例」の制定

 だが、その曾慶紅の子飼いたちは、現在までにほとんど失脚させられている(張暁明は一時消息不明で双規の噂が流れていたが、彼は選挙直前になって無事が確認された)。しかも、すでにこのコラムでも取り上げた蕭建華事件などの例を見てもわかるように、この権力闘争とみられる現象のあおりで、香港の一国二制度があからさまに踏みにじられることも一度や二度ではない。

 今回の香港行政長官選挙が、上海閥VS習近平派の代理権力闘争で、上海閥が勝利し、習近平としては、あまり面白くない選挙結果であるとしたら、香港の受難はむしろこれからである。最大の受難は、おそらく、基本法23条に基づく国家安全条例の制定を迫られることだろう。

 国家安全条例は、いわゆる香港における治安維持法で、香港内に居住する市民、外国人に対して、中国共産党政権、体制に脅威を与える人間を反乱煽動の罪などで逮捕できる法律だ。民主活動家や法輪功学習者、香港本土派・独立派なども、こうした脅威とみなされる可能性があり、もしこの法律が制定されれば、香港の言論空間は厳しく制限され、中国本土と変わらない言論・報道・思想の統制が進むことになる。2003年の董建華長官時代、中国当局は一度、この法律の制定を試みたが、香港市民の激しい抵抗にあい、香港の安定を優先した中国・胡錦濤政権は、これを断念した経緯がある。