生い立ちを振り返れば、湾仔のボロアパートで育った庶民家庭出身で、香港大学社会科学科で学位をとり、ヒラの一公務員からキャリアを積んで、最終的に香港初の女性行政長官に上り詰めた。その行政能力の高さは推して知るべしだろう。しかも出馬会見で「(出馬は)香港のために働けという神の思し召し」と締めくくるほどのクリスチャンでもある。

習近平はツァン推しだった?

 そもそも、対抗馬のツァンも元財政官で親中派。雨傘の学生たちに理解を示すなどリベラルな面が注目されているが、香港基本法23条に基づく国家安全条例(詳細は後述)の制定に反対はしていない。どちらが当選したとしても、香港の明るい未来につながるとはいえない。ラムを推していたのは、党中央の中では、張徳江ら、上海閥や旧香港利権派で、習近平は実はツァンを推したかったが、党内権力闘争に負ける形で習近平サイドが妥協した、という説もある。香港でもっぱら流れているこの噂を信じるならば、香港の選挙であっても、その実は中国党中央のおなじみの権力代理闘争に過ぎなかったといえるかもしれない。

 ちなみに、香港の今回の選挙が上海閥と習近平の代理権力闘争であり、習近平は実はツァンを行政長官にしたかったという噂の根拠は、ツァンが習近平の経済ブレーンと親交があり、習近平自身とも2回も握手したことがあるという香港紙「信報」などの報道や、中国太平保険(習近平に近い国有保険会社)の宣伝紙「太平報」がツァンを大絶賛し、ラムを批判する4000字の記事を書いた(2月27日付け)ことなどに求められている。

 全人代常務委員長(国会議長に相当)の張徳江が深圳に赴き、香港の親中派議員や団体・組織の代表を呼びつけて、ラムを中国共産党中央が推す唯一の候補だと、全面支持するよう党の意向を伝えたと報じたのは香港紙明報(2月6日付)や成報。これらは、どちらかというと親習近平派と見られているメディアで、ラムが党中央とべったりだ、というマイナスイメージを流そうとしたのかもしれない。共産党が応援すると候補の人気が落ちるということは、彼ら自身もよくわかっているらしい。

 中国メディアが、選挙一か月前に、ツァン持ち上げ報道をする、というのは異常な感じがするので、やはり党中央の意向が選挙直前まで割れていたという可能性はある。そういえば、選挙2日前の香港紙、星島日報で、「党中央は曾俊華を信用していない」と発言した全国政治協商委員会副主席の盧文瑞が、急に汚職で罷免されたという未確認情報(大紀元の独自取材)が流れたのも、ラム当選について、習近平自身が沈黙を守っているのも、奇妙といえば奇妙である。