話は少し遡るが、劉少奇の息子で解放軍上将であり、習近平の“軍師”の立ち位置にあった親友・劉源が2015年暮れ、軍制改革を前に完全引退を表明したのは、実は劉源自身が習近平と距離を置きたかったためだという。習近平は軍制改革の中で新たに設立する中央軍事紀律検査委員会書記(中央軍事委副主席兼務)のポストに劉源を迎え、彼に軍内汚職の徹底摘発を行わせることで軍を掌握するつもりであったが、それを劉源は辞退した。なぜか。

 太子党の大ボス・曾慶紅にこう諭されたという。「軍の汚職摘発の筆頭がどれほど危険かをよく考えないといけない。官僚相手の汚職摘発を行う王岐山ですら何度も暗殺の危機にさらされている。軍の汚職摘発は相手が武器と部隊を持っているのだから、命がいくつあっても足りない。習近平のために、そこまで泥をかぶる必要があるのか」。こう説得されて、劉源は習近平と友達であり続けるのが怖くなったのだという。

「習近平のために泥をかぶる者は、もういない」

 もう一人、習近平と友達をやめたそうな動きをしているのが栗戦書だ。栗戦書は習近平が河北省時代から交流を持ち、今は中央弁公庁主任という立場で“習近平の大番頭”とも呼ばれている側近だ。だが、彼は最近、習近平と距離を置こうとしているらしい。聞くところによると、全人代で、栗戦書が「習近平を核心とする党中央」(いわゆる習核心キャンペーン)を提言するシナリオがあった。だが、十日文革の顛末を見た栗戦書は、習近平の求心力が意外に小さいことに気づき、全人代で習核心キャンペーンを打ち出すのをやめたという。

 今、共産党中央で何が起きているのかは、外からは非常に分かりにくい。博訊や明鏡といった体制外華字ネットニュースの報じる内容は、参考にはなるが、いざ体制内の情報通に話を聞いてみるとかなり解釈が違ったりする。

 一つだけ、はっきりしているのは、習近平政権の経済、外交、軍政そしてイデオロギー政策については、官僚や共産主義青年団派だけでなく、太子党内にも不満が広がっているということ。「習近平のために泥をかぶって仕事しようという政治家も官僚はもういない。あの王岐山ですら愛想を尽かしている」。現地の情報通はこうささやく。

 来年の第19回党大会までに、さまざまな権力闘争が展開されるのだろうが、従来のような胡錦濤・李克強派(共産主義青年団)VS習近平派という単純な構図ではなく、習近平派の中から、習近平に引導を渡そうという人物が出てくる可能性も少し頭に入れておく必要がある。

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