三つ目は、初めて、「習近平を核心とする党中央」という表現が政府活動報告に盛り込まれた。習近平自身は、昨年の政府活動報告で盛り込みたかったらしかったのだが、昨年2月に起きた“十日文革”で、習近平のあからさまな個人崇拝キャンペーンに対する党内の抵抗感が強まったため、昨年の全人代の政府活動報告には盛り込むことができなかった。

 ちなみに昨年2月の“十日文革”(任志強事件)で、習近平と王岐山の関係が冷え込んだとされるが、その後、葉剣英の二男、葉選寧の葬式(7月)の際、長男・葉選平の立ち合いで、関係修復に同意したと伝えられている。もっとも、周辺筋によれば、その関係修復はあくまで太子党内部のメンツを重んじた表面上のものにすぎない、という見方もある。王岐山が秋の党大会で引退するか留任するかが、習近平政権の長期化(三期以上続く)を占うと見られており、最近、外国メディアに対して王岐山が留任に同意しているといったリークがさかんに流されているのは、習近平筋による印象操作で、王岐山自身はまだ留任の意思を固めていないという説もある。

側近との信頼関係にも揺らぎ?

 習近平核心キャンペーンを一昨年から水面下で行ってきたのは、習近平の側近と呼ばれる党中央弁公庁主任の栗戦書だが、習近平と栗戦書との関係も昨年11月あたりから、微妙になってきたという噂が流れている。

 根拠は昨年11月14日付けの人民日報に栗戦書が実名で寄稿した論文「党中央の権威を断固維持しよう」だ。これは、党中央の権威を維持するために、習近平総書記を核心としよう、党中央の権威維持と習近平総書記の核心地位維持は統一的問題だ、といった内容の習近平礼賛論文である。

 だが、この論文に違和感を持つ党内人士が多かった。そもそも栗戦書は習近平の“半径5メートルに寄り添う”懐刀として水面下で習近平核心キャンペーンを仕掛けてきた人物だが、それがなぜ、人民日報で全面的に習近平を礼賛を叫ばねばならないのか、ということに引っ掛かりを持つのである。ふつう、側近は自分で礼賛をするのではなく、周辺に礼賛させるように働きかけるのが仕事である。ふつう、身内が表だって礼賛すると、逆効果なのだ。

 だから、栗戦書がこんな風に表立って礼賛せねばならない理由を共産党政治学的な観点から想像すると二つ思いつく。習近平の栗戦書に対する信頼が何かの理由で揺らぎ、栗戦書としては急きょ、習近平に対する忠誠をアピールする必要があった。あるいは、ほめ殺しの手法で習近平の評判を落としたい。

 なので一部党内人士の間では、習近平と栗戦書の信頼関係が揺らいでいるのではないか、と噂が立った。栗戦書は秋の党大会で、政治局常務委員会入りしたいので、習近平に阿っているのだ、という人もいるが、普通なら、栗戦書ぐらい習近平に貢献していれば、別に阿らずとも、忠誠をアピールせずとも、政治局常務委入りを果たすことができるはずだ。この想像が当たっていれば、習近平は王岐山との関係修復も中途半端で、側近の栗戦書との信頼関係も揺らいでいる中での、“核心”呼びということになる。

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