もちろん、82年憲法の「文革憲法返り」など、党内でも絶対に抵抗が大きいはずだ。党中央の多くの党員はいまだに文革に対するアレルギーを持っている。中央委員200人余りが全会一致で可決したのであれば、そこまでえげつない修正はないかもしれない。そういう意味で、習近平が権力をどれほど掌握できているか、長期独裁を確立できるか否かは、この修正憲法の中身でかなり判断できるかもしれない。

「父の思い」を覆すか

 中国の82年憲法は、改めて読み返してみると、実は西側諸国の憲法にさほど劣ることのない、けっこういい内容である。

 「いかなる組織ないし個人も社会主義体制を破壊することを禁止する」という前提はあるものの、「言論・出版・結社の自由」「信教の自由」「人身の自由」「人格の尊厳」「住居の不可侵」「国家機関に対する批判・建議の権利」「文化活動を行う自由」が保障されている。

 2004年の修正では「国は、人権を尊重し、保障する」という人権規定も盛り込まれている。こうした自由の権利は、西側諸国の憲法が規定する「公民の権利」とはまた違う、というが、それでもこの憲法制定当時、少なくとも習仲勲は、人治・軍人統治の中国を真の法治国家へと転換させていくという思いを込めていたのだと思われる。

 天安門事件で政治改革が封印されると、その自由の規定は現実の中国社会と乖離していくが、それでも、改革開放による経済の市場化・自由化にともなう社会の変化を追認する形で、私有財産の権利や人権といった概念が(西側社会のそれらとは根本的に違うとはいえ)書き加えられてきた。中国の憲法は54年、75年、78年ところころ変わってきたが、この82年憲法は修正されつつ36年続いているのは、やはり中国人民・知識人たちに支持されてきたという面もあるだろう。82年憲法以前の憲法は、共産党統治のツールとしての憲法であったが、82年憲法は市民の権利保障に踏み込んだ。

 習近平が今回の憲法修正で、父親の法治への思いを完全に否定し、“文革憲法”に逆行させるような修正を行ったのなら、それはもはや、82年憲法の修正ではなく、新たな“習近平憲法”の制定である。習近平が独裁を行うための憲法だ。