高新の懸念は、習近平はひょっとすると、父親の文革否定の出発点から立った憲法を、党の絶対的指導を示すような明確な文言を盛り込んで、“文革憲法返り”をするのではないか、という点だ。第19回党大会で行った習近平の政治活動報告では、「党政軍民学、東西南北中、党が一切を指導する」と、毛沢東が文化大革命期に使ったのと同じセリフを強調しており、この文言は改正された党規約にも盛り込まれた。それまでの党規約では、党の指導の及ぶ範囲は主に政治、思想、組織であったが、この「党が一切を指導」するという強い表現によって、政治・思想に限らず、経済、文化、社会、エコといった人民の生活全般に党が介入することを規約上認めたことになった。しかも「第18回党大会以来、習近平を核心とする党中央」という言葉も党規約に入っており、党の一切の指導とは、すなわち習近平の一切の指導、絶対的指導、ということになる。

独裁と粛清を憲法で?

 そしてこの文言は、次の修正憲法に政治原則として盛り込まれる可能性は強いのだ。そうなってくると、建前上、国家最高権力機関と憲法で位置付けていた全人代についても、明確に党の従属機関とする修正をするのではないか。たとえば、「全国人民代表大会は党が指導する最高国家権力機関」としたり、「全人代の“選挙”によって選出される国家政府機関の指導者は党中央委員会名簿の中から選ばれねばならない」といったふうに修正するのではいか。

 事実上、国務院の大臣(部長)や官僚は党に従属する存在であり、憲法は党規約に従属するものとなっているが、建前上は、中国人民共和国は82年憲法によって国務院・政府、全人代・議会という近代的政治システムで運営されていることになっている。その建前すら、取っ払って憲法で党の一切の指導、絶対的指導を規定して、党治=法治として、共産党独裁を憲法で規定してしまう。そしてその共産党は“習近平を核心”とする集団であるから、習近平独裁が憲法で規定されてしまうことになる。これは、79条が規定する国家主席の任期を二期までとする制限を取っ払う以上に、中国の方向性を変えることになるのではないか。

 もう一つ、憲法修正案での注目点は新設される「国家監察委員会」に関する条文が盛り込まれるのではないか、ということだ。そうなれば、国家監察委員会はその独立性を憲法で保障され、その権限が極めて強い機関となる。国務院、全人代、最高人民検察院、最高人民法院に並ぶ政府機関ということになる。そうなれば、これまで党内・党員を対象に行われていた反腐敗キャンペーンは民間企業や党外人士にも及ぶということであり、今までの“党内粛清”が“人民全般の粛清”になる、かもしれない。この点については、中国国内の法律学者たちも、人権問題との兼ね合いから懸念を示している。