日本はあまりなじみはないが、アジアの多くの国々では2月8日は旧暦の正月、つまり春節を祝った。旧暦の大晦日には、爆竹を鳴らしたり花火を打ち上げるのが普通だが、北朝鮮は「人工衛星」と称する長距離弾道ミサイルを発射。中国遼寧省の東港付近では、そのミサイルが天高く昇っていく様子が目視できたようである。ミサイルは沖縄上空を通過したそうだが、国内に被害はなかった。
平安な一年の到来を願う大晦日に、弾道ミサイルをぶち上げるセンスは、まさに国際社会の神経を逆なでする行為。1月6日に行われた「水爆実験」に続くこうした挑発行為に、一番怒り心頭なのは、普通に考えれば中国ではないだろうか。あたかも、北朝鮮はモランボン楽団のドタキャンから今回のミサイル発射に至るまで、中国を怒らせることが目的、と言わんばかりである。だが、中国の対北朝鮮への怒りの表現は、以前のことを思えば低調だ。どうしてだろう?
遺憾を表明しながら理解者の立場を崩さず
中国外交部報道官は7日の記者会見で、この北朝鮮「衛星」発射に対する記者からの質問に対してこう答えた。
「中国側は、朝鮮が宣言した衛星発射について、各方面の反応に注意している。中国側は、朝鮮が宇宙を平和利用する権利を持つと考えているが、しかし目下、北朝鮮のこの権利については、国連安保理決議の制限を受けている。中国側は北朝鮮が幅広い国際社会の反対を顧みず、意地を張って弾道ミサイル技術をもって発射を実施したことに対し遺憾を表明する。
中国としては、各方面関係者に冷静に対応し、慎重に事を行い、半島情勢の緊張をエスカレートさせるかもしれない行動を取らないよう、共同でこの地域の平和安定を維持するよう望むものである。
中国側は一貫して、対話と協調を通じてのみ半島の平和安定、長期的な安全が実現できると考えている。各方面は急いで対話を再開し、この局面のさらなるエスカレートを避けるべきである」
日本メディアは、中国がこれまで使ってこなかった「弾道ミサイル技術」と言う言葉をわざわざ使い遺憾を表明したことで、そうとう中国が頭に来ているのだと解説しているが、一方で、中国は北朝鮮の宇宙平和利用の権利を認めているのだが、国連が反対している、というニュアンスを漂わせ、あくまで北朝鮮の理解者である立場は崩していない。
外相の王毅は2月5日に、北朝鮮の「人工衛星」発射予告を受けてこうコメントしていた。
「漁夫の利」は許さず。問題は「米朝の政治決断」
「目下の半島情勢は徐々に負のスパイラルに突入している。この情勢はどの方面の利益にも決してならない。(北)朝鮮は国際社会の反対を顧みず核実験をし、国連安保理がさらなる措置を取らざるを得ず、目下各国がこの件について協議しており、このままでは新たな決議を行うことになる」
「もし北朝鮮が弾道ミサイル技術による衛星を発射し、同様に国際社会の認可を得なければ、情勢はさらに複雑化するだろう。しかし、一方で、制裁は決して目的ではない。我々の目標は、各国を再び協議のテーブルの前に回帰させることである。協議のみが、問題の唯一の解決の道筋となるからだ」
「ある論評では、協議を通じて核問題を解決する考えはすでに難しい、という。だがこれは誤りである。六者会合(六カ国協議)が8年にわたり中断し、半島情勢がたえず緊張し、北朝鮮はこの間に3回の核実験を行った。明らかに、協議の拒絶と中断が、目下の情勢の真なる原因だ。また、別の論評では、中国側が影響力を発揮できなかった、というのがあるがこれは事実とは違う。中国側は六者会合で議長国を務め、ずっと協議を促してきた。私自身が(初代議長として)六者会合を経験してきた。当時、我々のほとんどが、米朝双方を縁組みするためにもてる精力を注いできた。彼らを協議につかせ、対話を通して問題解決を図ろうとしてきた。今後、情勢の鍵は、米朝がどのような政治的決断をとるかだ」
「中国側は戦略を保持して、建設的影響力を引き続き発揮していくだろう。目下重要なことは、各国が状況を緊張させるような刺激的行動を取らないことであり、情勢の悪化を防止しコントロールを失うことを避けることである。各国がいかに協議の建設的影響力を回復させるかを考えるべきであり、誰かに責任を押し付けることではない。ましてや、このどさくさに漁夫の利を得ることではない」
王毅の発言を見るに、中国側が一番懸念しているのは、実は、北朝鮮の挑発行為自体ではなく、それを口実にどこかの国が「漁夫の利」を得ることであることがうかがえる。協議が無意味であることは、六か国協議の議長国を経験してきた中国が一番わかっているのだが、あくまで建前は崩さず、国際社会と北朝鮮との調整役としての努力不足を責められると、「米朝の政治決断」こそがキモであると反論するわけだ。
だが、北朝鮮のやり方を見れば、その挑発の一番の矛先はむしろ米国ではなく、中国であるとも見てとれる。昨年10月に中国共産党序列5位の劉雲山が訪朝した結果を受けて、12月12日に北京で初の海外公演をする予定だった金正恩の美女楽団「モランボン楽団」がドタキャンし、いきなり平壌に帰国したことは、中国のメンツを大いに潰した。
本気を出せば、ひとたまりもないはずだが…
この公演は2000人の中国高官らが招待され、2013年12月に親中派で当時ナンバー2とされていた張成沢が残酷な方法で粛正されたのち、冷え込んでいた中朝関係の回復を印象づけるはずの重要な政治イベントになるはずだった。だが、モランボン楽団訪中初日に、北朝鮮の水爆保有が報道され、楽団の公演演目に人工衛星やロケットを讃える歌や、ミサイル発射実験ムービーを映し出す演出が含まれていることがリハーサルで明らかになると、中国指導部も黙っておれなくなり、公演参加の高官のランクを下げると、これに反発した金正恩はモランボン楽団の即刻帰国を命じたのだった。
そして、そのあと、年明けて1月9日、中国をあざ笑うかのように“水爆”実験を行い、中国は「事前に知らされていなかった」と発表。だが中国が激怒して重油供給など対北朝鮮援助を止めるかと思えば、どうも歯切れが悪く、国連の対北朝鮮制裁決議案には難色を示し、1カ月たっても制裁に踏み切れない始末。
しかも、北朝鮮の対話を通じての問題解決を主張する中国が2月2日から4日にかけて平壌に派遣した朝鮮半島問題特別代表(六か国協議議長)武大偉が帰国するやいなや、金正恩政権はミサイル発射予告を発表。国連の制裁決議案に抵抗し、北朝鮮側と落としどころを探る努力をアピールしていた中国側の立場を完全に無視した。そして、中国人・中華圏が春節大晦日(除夕)という平安を祈る日にミサイル発射実験を行ったのだ。
普通なら、中国は怒り心頭に発してもよいはずだ。だが、この期に及んで、中国側報道官の発言は慎重きわまりない。
中国は2003年2月、北朝鮮に通じる重油パイプラインを閉じるなどして、北朝鮮に揺さぶりをかけた過去がある。この時、北朝鮮は猛烈に抗議するも、結局六か国協議のテーブルに着くことになった。中国が本気を出せば、やはり北朝鮮はひとたまりもないはずなのだ。
この背景については、海外だけでなく、中国国内の学者や知識人たちの間でも「なぜ?」の声が上がり、それぞれに分析している。
中国の独立系外交政策シンクタンク・察哈尔協会の高級研究員・呉非が香港のラジオ・フリーアジアの取材にこうコメントしていた。
「中国と朝鮮の関係において、実際のところ、核兵器問題については一切の共通認識がないのだ。金正日時代に中国から大量の援助を受けて、また金正恩もこの援助を受けているが、それでもはばかることなく核実験を行い、長距離弾道ミサイル実験も行っている。しかも我々はいまだこれを“人工衛星”と言っている。彼らがこうした実験を一層集中して行うのは、彼らの政権が危機に瀕しているということでもある。相当焦っているのでなければ、中国の除夜に長距離弾道ミサイル実験など行うわけがない。もし中国がこれによって援助をやめ、さらに国際社会も強烈な圧力を持ち続けていれば、金正恩はすぐさま訪中団を差し向けて泣きついてくるに違いない」
山東大学元教授の孫文広もやはりラジオ・フリーアジアに対し、「中国は朝鮮のミサイル発射に反対はしているが、同時に朝鮮の行動が中国の国際的地位や影響力を体現するものであることを望んでいる」とコメント。「朝鮮が飛び跳ねれば飛び跳ねるほど、中国の影響力は突出してくる。中米関係においては、中国にとって朝鮮は重要なカードであり、目下、朝鮮に対して制裁を行うつもりもないのである」
北を隠れ蓑に「南シナ海」着々、本命は軍制改革
彼らの意見は、中国にはまだ北朝鮮に“好き勝手させる”余裕があり、むしろ、いまの北朝鮮の余裕のなさなど内実をわかっているだけに焦りがなく、むしろ対米外交的に利用できると踏んでいる、というものである。実際、北朝鮮が年末から米国を思いっきり挑発してくれる前は、米中の南シナ海をめぐる対立が先鋭化していたのである。北朝鮮が米国の批判の矛先を代わって受けてくれる間に、中国は着々と南シナ海の人工島の滑走路で離着陸試験を行っていた。
一方、現段階では北朝鮮問題を顧みる余裕がないのはむしろ中国ではないか、という見方もある。既報されているように、習近平政権は現在、軍制改革の真っ最中である。この改革案のキモは七大軍区制を五大戦区(戦略区)に編成し直すという劇的なもので、2月1日に五大戦区の設立が宣言されたものの、正直うまくいくかどうかはまだ見極めがついていない。
この軍制改革の目的は、一つは時代遅れの軍区制を米国のような戦略区制に改編することで軍の近現代化を大幅に進めるというものだが、もう一つの目的は、いわずもがな、習近平が政敵として失脚させた徐才厚一派の巣窟である瀋陽軍区の解体でもある。瀋陽軍区をそのままにしていては、いつクーデターがあるかと習近平もおちおち枕を高くして寝られない。実際クーデター未遂らしき事件も起きていると伝えられ、また北朝鮮の核実験、ミサイル実験に使われている部品も瀋陽軍区から横流しされているとの噂も絶えない。遠い北京への忠誠よりも、近くの北朝鮮との利権関係を重視してきたのが瀋陽軍区であった、とも指摘されている。
そこで習近平の軍制改革では瀋陽軍区と北京軍区を一つにし、従来の徐才厚派将校や北朝鮮利権を持つ将校を一掃し、自分の肝いりの部下を配置し、北部戦区として、対北朝鮮、ロシア、日本の一部からの攻撃に備えたい考えなのだ。
北朝鮮側はこのことをよく承知しており、核兵器の完成を急いでいる。習近平の軍制改革が完了し、金正恩と非常に相性の悪い習近平政権が北部戦区を掌握すれば、北朝鮮としては、かなり厄介なことになるわけだ。
「単独制裁」で支配強化、「漁夫の利」は渡さない
一方、習近平としては、困難を極めるとみられている軍制改革を無事終わらせるまでは、北朝鮮の挑発にいちいち乗って、注意力を分散しているわけにはいかない。とりあえずは北朝鮮を孤立させ、各国に北朝鮮の悪辣ぶりを印象づけ、国際社会の中国に頼る気持ちを掻き立てるだけでいい。こうした見方は、たとえば、華字ネットニュース多維新聞などの報道にも垣間見えている。
著名国際政治学者の時殷弘は、中国が国連の制裁決議案に同調しないのは、「単独制裁」の柔軟性を保つためだと見ている。国連の号令に合わせて制裁を始めたり止めたりするのは、中国としては独自の北朝鮮に対する支配力を損なうことになる。あくまで中国が願うのは、中国の北朝鮮に対する支配力強化なのだ。だから時殷弘は、中国が北朝鮮に対する制裁を急激にエスカレートさせる可能性はあると見ている。
中国は「協議のみが問題解決の唯一の道筋」「このどさくさに紛れて漁夫の利を得るな」などと神妙な発言を繰り返しているが、だいたい口で言うのと腹で思うのが逆であるのが外交的発言である。その本音では、一番「漁夫の利」を得る計算をしているのは中国かもしれない。
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