この背景には今年が改革開放40周年という節目であること、2020年までに所得倍増を掲げた「二つの百年」計画の一つ、建党100年目の2021年までに「小康社会を実現する」という政権としての約束のリミットまで期限が迫っているということ、がある。2020年までに「脱貧困」を実現しなければ二つの百年計画の一つが失敗に終わった、ということになってしまい、習近平としてはメンツがつぶれることになる。

工場のオーナーになっても

 では現状はどうなのか。王兵のドキュメンタリー映画をみれば、少なくとも、農村の貧困は今なお深刻であるばかりか、都市部の新たな貧困問題が、一層人々の社会に対する不満と絶望を生んでいることに気づかされるだろう。

 「苦い銭」は、雲南や安徽など貧困省から浙江省湖州という、子供服の生産拠点と知られる地方都市に出稼ぎに出てきている労働者たちの姿を追ったドキュメンタリー。撮影時期は2014~16年であり、ほとんど今現在起きている話だ。

 出稼ぎ労働者たちは、それぞれの事情でこの町に出稼ぎにきた。中には子供を故郷において夫婦で出稼ぎに出ている者もいる。農村に残された子供に会いに行きたくともお金がなくて帰れない。夫婦はいつも金の問題で激しい夫婦喧嘩を繰り返している。縫製工場では厳しい納品ノルマに追われる労働者たちが深夜11時までミシンを踏み続けるが、それでも得られる金は知れている。一日の稼ぎが70元(約1200円)しかノルマをこなせない男はクビになり、1日に150元(約2500円)稼げる人間を羨みつつ自分を卑下する。

 では人からうらやまれる1日150元稼げる労働者は生活に余裕を持てるレベルだろうか。一カ月30日間、休みなく働いても10万円にも満たない給料ではないか。

 アイロンがけの重労働が時給16元。工場長は最低でも12元はかかる一枚の子供服の製造費を9元でやれ、と迫られる。その値段で利益がでるわけがないが、渋れば他の工場に仕事の発注を奪われる。工場オーナーになっても決して経済の勝ち組には入れない。

 いや、この地方都市の経済に従事しているほとんどの人たちが誰も勝ち組ではない。世界の子供服の大半がメードインチャイナである背後に、「苦い銭」に一喜一憂する中国の労働者の貧困、中国経済の限界が浮かび上がっている。こうした風景は私自身、地方都市を歩き回る中で目撃した姿であり、誇張でも過剰表現でもない。

 もちろん、ドキュメンタリーに登場する労働者たちはみなスマートフォンを持ち、身ぎれいで、一見、そこそこ、暮らしに余裕があるように見えるかもしれない。わずか60年前には飢餓で数千万単位で人が死に、人肉にも手を出すこともあったほど壮絶な貧困があったことを思えば、中国はすでにある程度の「小康社会」を実現した、と言うこともできるかもしれない。

次ページ 農民VS都市民から地方居民VS大都市民へ