このことからも分かるのは、民進党が本当のライバルとして戦っていたのは国民党ではなく、中国であったということだろう。蔡英文は当選後の勝利演説でもこの事件に触れて「私が総統になった日には、誰一人として自分のアイデンティティを理由に謝罪をする必要がないようにします」と訴えていた。「台湾を団結した国家にする責任がある!」という宣言に表現されるように、彼女が目指し、台湾有権者が望むのは、政党や派閥による内政のいざこざではなく、国家としての団結であり、それは中国に対する危機感から発するという見立ては間違ってはいない。

 ひまわり学運から発した時代力量が5議席を取り第3党に踊り出たことも注目する必要があるだろう。日本でも人気のあるヘビィメタルミュージシャン、フレディ・リムが創設に関わったことでも知られるが、フレディ自身はかなりはっきりした独立派である。ただ、時代力量は独立という言葉ではなく建国と言う言葉を好んで使う。それは、台湾は一度も中国の属国になった覚えはない、という理論武装らしい。党主席の黄國昌、フレディら5人も国会に送り込まれたということが、今の台湾の若者の気持ちを反映しているといえるだろう。

習近平の強権と空の国庫、どう対処?

 そういう意味で、これから総統となった蔡英文が戦わねばならない敵は非常に強大ということになる。有権者としては、中国の経済的政治的影響から脱出してほしいという希望がある一方で、すでに台湾経済で圧倒的存在感を誇る中国の影響力から台湾が距離をとろうとすることは口で言うほど簡単ではない。しかも、習近平政権は胡錦濤政権ほど甘くない。胡錦濤政権は台湾統一という言葉を発せず、ただひたすら中台経済関係強化に努めた。だが、習近平政権は台湾総統府にそっくりな建物を攻略する軍事訓練を堂々と行う。今後、どのような圧力(あるいは誘惑)を台湾にしかけ、それに蔡英文政権はどう対応するか。

 さらに言えば、馬英九政権時代にすでに台湾財政は破綻寸前で、国庫は空の状態で政権を引き渡されると言われている。中国経済もクラッシュ寸前なので、台湾に流れた大量の中国マネーが一気に引き揚げられると、台湾バブルも崩壊する。世界同時不況と言われる中で蔡英文が台湾経済を軟着陸させることができるかどうか。

 経済が悪化し、有権者の生活が明らかに苦しくなれば、次の選挙では今回の選挙の裏返しのような形で惨敗しかねない。

 日本にとっては、地政学的にも、台湾に国家としてのアイデンティティを持ち続けてもらえれば、アジアにおける中国覇権の野望にブレーキをかけるという意味で、韓国よりもよいパートナーになれるだろう。蔡英文政権の台湾ならば、日本が経済関係と外交関係を強化していく選択に迷う必要はないと思うのだが、どうだろうか。

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