月面基地の裏に潜む軍事利用

 もちろん、まだ米国の実力に追いつくまでに時間はかかるとしても、それは決して長い時間ではなく、のんきに構えていられる余裕はない。米国と旧ソ連の冷戦時代は、1967年発効の宇宙条約の制約があり、宇宙空間の領有権の主張をしない、軍事目的に利用しない、という合意があり、宇宙開発はあくまで平和目的という建前があった。だがその後、宇宙開発の主な目的が「資源」となってくると、資源開発についての具体的な制約がない。夢の高エネルギー資源の開発に成功すれば、それが覇者の条件となるとすれば、それは覇権競争につながり、国家安全保障の問題となっていくことが誰の目にも明らかだ。中国の月面基地に軍事目的が持たされることもほぼ疑いはないだろう。

 だから中国は当初から宇宙開発を独自で行うことを決めており、米ロ欧州との対抗姿勢を鮮明にしていたのだ。軍事利用目的を全く考えなければ、宇宙ステーションも月面基地も米ロ欧州との共同建設、共同運営という方法を模索した方が早いのだから。2016年の宇宙白書には、宇宙開発の目的に、国家安全保障のニーズ、総合国力の強化が冒頭にあげられている。宇宙開発は「中華民族の偉大なる復興」を支えるものなのだ。繰り返しになるが「中華民族の偉大なる復興」は、欧米列強に奪い去られた清朝時代の栄光を復活させ、再び中華民族が世界の秩序を支配する中心の国になるという、要するに「赤い帝国」への野望を込めた表現だ。

 もちろん白書では、宇宙軍拡反対の立場や国際技術交流もうたっているのだが、他国ができる技術はあるのに、一応慎んでいる「衛星破壊実験」を堂々とやってしまっている。このとき世界は、宇宙にはこうした無法を取り締まる法律がないということに気づかされたのだった。つまり、やったもの勝ち、早い者勝ちのアウトローの世界が地球の外側にあり、最初にこの開拓地に旗をたて、資源を独り占めした者が、自分たちの作ったルールでこの地域を支配できる、というわけだ。誰もが長らく、月面に星条旗を立てた米国が宇宙空間のルールメーカーだと思い込んでいたが、その後半世紀、だれもその地に行っていないのであれば、次に行った人間がその旗を引っこ抜いて自分の権利を主張することも十分ありうる。宇宙強国路線は、米国の警戒を呼び起こすには十分な理由があるのだ。

 しかも、宇宙開発は民用と軍用の区別がつきにくい。建前上、民用衛星でも、別の国の民用衛星にぶつければこれは攻撃と言える。これに対し軍用衛星による報復は可能なのか。ドイチェベレの報道で、ネブラスカ大学の宇宙法教授のジャック・ビアードがこうコメントしている。「宇宙では兵器と非兵器の区別が非常に困難。…中国人は将来に起こりうるあらゆる可能性を考えて準備している。米国の通信システムを妨害するテストも繰り返している」

 純粋に宇宙開発技術を比べれば米国は中国の先をいっている。新年早々、米無人探査機・ニューホライズンズが地球から64億キロ離れた天体・ウルティマトゥーレに接近し、その雪だるまのような姿をとらえた。技術的にはこちらの方が高度であり、米国がその気ならば、月背面着陸などとうの昔に実現できただろう、といわれている。太陽系の始まりの謎に迫るニューホライズンズの快挙を人類のロマンとすれば、中国の月面開発計画は人類の欲望そのものといえるだろう。こうした中国の動きに対抗する形で、米国も月面有人探査の再開方針を打ち出している。NASAも月周回軌道上に有人拠点を2026年までにつくり、2030年代から月面有人探査を再開するという。ただ金のかかる月面有人探査を主導するのは民間企業というのがトランプ政権のやり方だ。これがうまくいくかどうかの鍵は、市場原理の中で月探査が利益を生むものなのか、という点と、宇宙条約との整合性と言う点だ。経済が急速に悪化する中で、資本主義の法治国家と、政治的欲望のために庶民の暮らしを含めたあらゆるものが犠牲にできる全体主義国家の差がこれからも出てくるだろう。

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