先代のM-V、あるいはその前のM-3SIIロケットの時点から、諸外国は宇宙研の開発する固体ロケットを「ICBM技術の隠れ蓑ではないか」という目で見てきた。実際は単に、1955年に糸川英夫・東京大学教授がロケット研究を始めるにあたって、安価な固体推進剤を採用したがゆえの固体ロケットであり、その後の高性能化は工学研究者が世界第一線級の論文を書くために性能を追求した結果だった。その結果、「学者の遊び」と批判されてM-Vは廃止となった。

 ところが、「学者の遊び」であればこそ、結果的にM-Vは、日本の安全保障において有効なブラフのカードとして機能してきた。外から見れば性能はまさに世界最高。かつその性能が「ICBM的」なので、諸外国は常に「日本がICBMを持つ可能性」を考慮して、自国の安全保障政策を決定しなくてはいけない。

 一方、日本政府としては「あれは学者の遊びですので」と言っておけば、言い訳が立つ。しかもM-Vは打ち上げ準備期間が長く、斜め方向に発射するという特徴を持ち、内之浦宇宙空間観測所の専用ランチャーからしか発射できなかったので、「M-VはICBMに転用できない」と言い切ることもできた。

宇宙開発を国際政治にも活かせるセンスを

 ところが、日本の政治がこの便利なカードを持っている(いた)ことに気づいたのは、2006年に官僚の内輪揉めで、M-V廃止が決まってからだった。

 文部科学省には主に与党の防衛族議員から「なぜM-Vロケットを廃止するのか」という電話が次々にかかってきて、文科省は対応に苦慮したという。が、その時点では政治であってももう廃止を止めることはできなかった。

 日本がICBMを持つ合理的な理由は全くない。ICBMは高価なので、破壊力の大きな核弾頭と組み合わせないと兵器としてはコストパフォーマンスを発揮できない。日本はエネルギー安全保障の一環に原子力発電を組み込んでおり、国際原子力機関(IAEA)の査察の元に核燃料を輸入し、使用している。IAEAは原子力の平和利用促進と軍事利用への転用の防止を目的としている。つまり、日本が核兵器を持つ意志を示せば、現行のエネルギー安全保障政策は崩壊する。

 その一方で、世界最高の性能を持つ宇宙向けの固体ロケットを保持し、発展させていくことは、ブラフのカードを持つという意味で、日本の安全保障にとって悪いことではない。米国、中国、ロシアという大国のパワーがぶつかる東アジアに位置する島国としては、あくまで科学技術と商業打ち上げの発展という目的を掲げてイプシロンの研究開発を継続的に進める、というのが最上の策だろう。

 2006年9月23日に最後のM-Vである7号機が打ち上げられてからの、技術開発と安全保障における2つの空白は、10年後に強化型イプシロンが上がることで、やっと埋まるメドが立った。本当に空白を埋めることができるかどうかは、今後のイプシロンを賢く扱えるかにかかっている。