1961年4月の、ユーリ・ガガーリンによる最初の有人宇宙飛行以来、国家による有人宇宙飛行は、その国の技術水準や、未知のフロンティアに挑む姿勢を示す指標として機能してきた。同時に「そもそも税金を使ってまでして、人が宇宙に行く意味はあるのか。予算の無駄づかいではないか」という疑問もまた根強い。

 自動車の開発を、国家が主導した時代があった。現在は民間の自動車産業がビジネスとして自動車を開発・製造・販売している。「スペースXができるなら、国が威信をかけて有人宇宙船を開発する必要なない」という議論が当然出てくると思わねばならない。その議論は、将来的なISSの運用にも関係するだろうし、ISSに参加する日本にも影響が及ぶと思っておく必要がある。

木星や土星への有人飛行も視野に

 イーロン・マスクCEOはIAC2016のプレゼンテーションを「BEYOND MARS(火星を超えて)」と題する4枚のイラストで締めくくった。木星と土星に到着し、生命存在の期待がかかっている木星の衛星エウロパと、土星の衛星エンセラダスに着陸するインタープラネタリー・トランスポート・システムの姿だ。

 発表の10日前の9月17日、彼はTwitterで「マーズ・コロニアル・トランスポーターは、もっと遠くまで行けることが分かった。新しい名前を考えないと」と発言した。火星移民を目的に最適なシステムを設計してみると、木星や土星まで行けるものになったというのである。それゆえ今回の構想は、インタープラネタリー(惑星間)と命名されていたのだった。

木星の衛星エウロパに降りる。(画像:スペースX)
木星の衛星エウロパに降りる。(画像:スペースX)
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太陽電池パドルを拡げて、土星の環を望む。(画像:スペースX)
太陽電池パドルを拡げて、土星の環を望む。(画像:スペースX)
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 夢と野心に溢れたメッセージだが、同時にこの姿勢こそが、イーロン・マスクとスペースXの「勝ちパターン」の象徴、と言える。

 スペースXは「ファルコン9」ロケットで商業打ち上げ市場参入に成功し、NASAからの補助金でISSへの物資輸送船「ドラゴン」を開発し、輸送の契約を取ることに成功した。たが、それは同社の目的ではなく、その先にある「クルー・ドラゴン」有人宇宙船による有人宇宙飛行の民営化が狙いだった。

 そして、クルー・ドラゴンは、単に地球周回軌道との往復だけではなく、改装により火星に向かう「レッド・ドラゴン」宇宙船を仕立てることも可能な設計になっていた。火星へ100人もの人を送り込む「インタープラネタリー・トランスポート・システム」は、実は木星や土星にも行ける能力を持っていた。

遙か先を見越して、目先の課題をぶち破る

 そこにあるのは、常識の枠を越えた「超先読み」の目標設定と、それを本気で実現しようとする姿勢だ。遥か先を見越した技術開発、マーケティングによって、目先の競争や技術の壁をぶち破っていくのである。

 インタープラネタリー・トランスポート・システムは、確かに誇大妄想と断じたくなるほどの巨大で大がかりな宇宙輸送システムだ。しかも、これは単なる輸送システムであって、具体的な火星植民の手法についてはまだ何も発表されていない。

 しかしながら同時にインタープラネタリー・トランスポート・システムが、スペースXのいつもの勝ちパターンに沿っていることを軽く見てはいけないだろう。イーロン・マスクとスペースXは次の大きな目標を設定し、「そこまでやり抜く」という前提で動いている。「木星・土星に行くつもりで進めば、途中の火星までは行ける」のだ。

追記:10月4日、SLSの開発に参加するボーイング社の、デニス・ミュレンバーグCEOは、シカゴで開催されたテクノロジー関連の会議「ファッツ・ネクスト」で、「2030年代に火星に最初に降りる宇宙飛行士は、ボーイングのロケットに搭乗するだろう」と述べた。スペースXのインタープラネタリー・トランスポート・システムを念頭に置いて、ボーイングとしては、それがそう簡単には完成しないだろうと考えているわけだ。と、同時にこのような発言をしたことそのものが、スペースXの構想をボーイン グが無視できないでいることを示しているのではなかろうか。

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