オリオン、そしてSLSの開発はゆっくりと進んでおり、かつ完成しても打ち上げは数年に1回しかない。またSLSは、スペースシャトルの主エンジンや固体ロケットブースターなどの、手持ちの要素技術を活用する設計で、コストダウンしようにもハナから限界がある。NASAはその理由を予算的な制限によるものとしている。「予算を青天井で投入できた、アポロ計画のようにはスピーディに物事を進めることはできませんよ」というわけである。
政策の線引きを踏み越えるスペースX
インタープラネタリー・トランスポート・システム構想は、明らかにオバマ宇宙政策の「地球周回軌道は民間、それ以遠は国」という棲み分けを踏み越えるものだ。
現状では、それは構想で終わる可能性もある。むしろ、あまりの壮大さに構想倒れに終わると見る人のほうが多いのではないだろうか。
おそらく、当面は「スペースX社の言っていることは、あくまで構想である」というような理由で、NASA、さらには政策への影響を否定する動きが出る程度だろう。オリオンの開発は、欧州宇宙機関(ESA)も参加する国際協力計画である。国と国との約束を、簡単に変更することはできない。
が、NASAのオリオン/SLSが、来年1月に就任する新大統領の政策決定プロセスの中でインタープラネタリー・トランスポート・システムと比較されたら――少なくとも、新大統領の宇宙政策における、有人宇宙探査の位置付けは激変を免れない。
ゼロベースだけに、効率の差はあきらか
シャトルの技術的遺産を引きずったSLSと比べると、インタープラネタリー・トランスポート・システムは過去を絶ち切り、ゼロから技術的な最適化を狙って設計されている。当初から強く低コスト化を意識しており、開発された技術の応用範囲も広そうだ。
しかも提唱したのは、新規設計のロケットを開発し、商業打ち上げ市場への参入に成功した実績を持つスペースXだ。現時点で構想でしかないにしても、それなりの影響を米宇宙政策に与えると考えるのが妥当だ。
例えばインタープラネタリー・トランスポート・システムはロケットの逆噴射で着陸する設計なので、搭載推進剤の量によっては、月にも着陸できる可能性がある。火星への飛行を行う前に、月にこれまでとは桁の違う人数――例えば10人とか――を月面に送り込むことができるかも知れない。すくなくともそのような有人月着陸は国際政治面でのデモンストレーションとしては大きな意味を持つ。
今後、具体的にスペースXが開発に向けて動き出すならば、「そもそも国家が行う有人宇宙活動の意義はどこにあるのか」=「なぜ、国がやらねばならないのか?」という根源的な議論を巻き起こすことになるだろう。
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