文字通りの青天の霹靂だった。9月12日、米ネット流通大手アマゾンのジェフ・ベゾスCEOが率いる宇宙ベンチャー、ブルー・オリジンは、突如、新型ロケット「ニュー・グレン」を発表した。
青天の霹靂だったのは発表タイミングだけではなかった。ニュー・グレンはあまりに巨大に見えた。3段式のバージョンは、全高95.4m。かつて米国がアポロ計画のために開発した「サターンV」(全高110.6m)に匹敵するほどのサイズだ。用途は衛星・探査機打ち上げに加えて、有人打ち上げも想定しているという。
驚きと共に次々に疑問が巻き起こる。
これは本気なのか。単にライバル、イーロン・マスクのスペースXを牽制するためのハッタリ、ベイパーウエアではないか。高度100kmに到達する小型のロケット「ニュー・シェパード」しか開発していないブルー・オリジンにこれだけの大型ロケットを開発する能力はあるのか。そもそも、この巨大なロケットをいったいどこに売りこむつもりなのか。
しかし、私の見るところ、ニュー・グレンは単なるハッタリでもベイパーウエアでもない。2000年のブルー・オリジン設立からすでに16年、抜け目ないビジネスマンであるベゾスには、どのようにして打ち上げビジネスを立ち上げるかを考える時間は十分にあったし、ブルー・オリジンの技術陣もロケットの基本概念の検討を十分以上にしてきたとみて間違いない。
ベゾスの意図を読み解く鍵は、未公開のニュー・グレンの打ち上げ能力にある。
公表されたサターンVとの比較図がミスリードを誘う。ニュー・グレンの打ち上げ能力は、おそらくサターンVの半分程度、スペースXの「ファルコン・ヘビー」と同じぐらいだ。そして商業打ち上げと有人の2つの市場を狙っている。
全高95mはサターンVクラスだが…
ブルー・オリジンが公表した各種ロケットとニュー・グレンの比較図(画像:ブルー・オリジン)
ニュー・グレンは、2段式と3段式の2つのバージョンがあり、2段式は全高82.3m、3段式で全高が95.4mだ。
ニュー・グレンの第1段は、ブルー・オリジンが現在開発中のメタンと液体酸素を推進剤に使う「BE-4」エンジンを7基装着する。第2段は、真空中での動作を前提に改造した「BE-4真空型」を1基、第3段は、現在「ニュー・シェパード」に使われている液体酸素・液体水素エンジン「BE-3」を1基、それぞれ使用する。第1段は着陸脚を持ち、「ニュー・シェパード」と同様に切り離し後に、ロケット噴射を使って垂直に着陸し、再使用する。第2段と第3段は、使い捨てだ。
ブルー・オリジンのロケットは、米国宇宙開発初期の宇宙飛行士にちなんで命名されている。「ニュー・シェパード」は、米国ではじめてマーキュリー宇宙船で弾道飛行を行ったアラン・シェパードにちなんだもので、ニュー・グレンは、同じくマーキュリー宇宙船で初の地球周回飛行を行ったジョン・グレンを記念したものだ。同社は今回、アポロ11号で人類ではじめて月面を歩行したニール・アームストロングの名前をもらった「ニュー・アームストロング」という将来構想があることも明らかにした。
初打ち上げ時期について、ベゾスCEOは、“end of this decade”という言葉を使った。ブルー・オリジンは、2015年9月にフロリダ州ケープ・カナヴェラルにロケット製造拠点を持つ計画を発表、同時にケープ・カナヴェラル空軍ステーション内にあり、かつては「アトラス」ロケットを打ち上げるのに使用されていたLC36射点から新ロケットを「2020年までに」打ち上げることを明らかにした。この新ロケットこそがニュー・グレンというわけだ。いくらかの遅れを見込んだとしても、2020年代の早い時期には、ニュー・グレンの打ち上げが始まることになる。
打ち上げ能力は「アリアン5/6」級か
比較図を見ると、ニュー・グレンはサターンVに匹敵する巨大ロケットに思える。実際、発表に対するメディアの反応も「あのベゾスが、有人月ロケット並みの大型ロケット開発を表明」という論調が目立った。
が、サターンVの直径は10.1mで、ニュー・グレンの直径は7mなので、断面積を比較すると、ほぼ2対1だ。ロケットの胴体は円筒形をしているので、この差は、搭載する推進剤の量の差となる。推進剤の量は打ち上げ能力に直結する。つまり、実のところニュー・グレンは、サターンVのほぼ半分の規模、スペースXが2017年初頭に初打ち上げを予定している「ファルコン・ヘビー」と同クラスのロケットと、私は見る。ファルコン・ヘビーは、地球低軌道に54.4tのペイロードを打ち上げることになっている。
エンジンの性能や機体の仕様など未公開の情報が多いので、おおよその推定となるが、ニュー・グレンは2段式が、地球低軌道に30~40t級、3段式が同じく40~50t級の打ち上げ能力を持つのではないだろうか。
しかもこの数字は、第1段を回収せずに使い捨てにした場合だ。ニュー・グレンは第1段を回収・再利用するとしており、その場合の打ち上げ能力は下がる。ニュー・グレンの第1段は大きいので、「ファルコン9」ロケットの第1段のように洋上回収船に降ろすことは難しいだろう。第1段を射点近くに戻すとなると、洋上回収よりもさらに打ち上げ能力は下がる。
おそらく、第1段を回収する場合の打ち上げ能力は、2段式が現在欧州が運用している「アリアン5」と同等程度の、地球低軌道20t級、3段式が「デルタ4ヘビー」よりやや大きい同30t級程度であろう。つまりニュー・グレンは米官需衛星から商用静止衛星までの既存の衛星をすべて打ち上げることが可能で、しかも将来的に余裕のある打ち上げ能力とフェアリング容積(=衛星の積み込みスペース)を市場に提供するロケットということになる。
7mフェアリングは大きな利点
ジェフ・ベゾスは、預言者的な改革者であると同時にしたたかなビジネスマンでもある。スペースXのイーロン・マスクCEOは、火星植民という雄大な、それだけに夢で終わる可能性もある目標を掲げるが、ベゾスはそのような夢をみない。実際、彼は「岩しかない火星に興味はない」と発言している。
だから、ニュー・グレンはベゾスなりの計算で、経済的に成功するロケットとして構想されていると考えるべきだ。そう、大赤字を垂れ流したアマゾンが、大成功を収めたように。
ニュー・グレンの能力が、私の推定した通りとすると、ベゾスの狙いがはっきりと見えてくる。商業打ち上げ市場での成功と、新たな有人打ち上げ市場の立ち上げの両方を狙う“二股路線”だ。
おそらく、最初に運用を開始するのは、2段式のニュー・グレンだろう。現在の商業打ち上げ市場の大手、欧州アリアンスペース社の「アリアン5」と、開発中の後継ロケット「アリアン6」と同等の打ち上げ能力を持ち、第1段再利用で一層の低価格を提示することを狙っている。アリアン5/6で打ち上げ可能な衛星を、より安く打ち上げることで商業打ち上げ市場参入の尖兵となるわけだ。
公表された図から、2段式ニュー・グレンのフェアリング直径を推定すると5.4mとなる。これはアリアン5、そしてアリアン6と等しい。おそらくは「アリアンで打ち上げ可能な衛星は、打ち上げ時の振動や加速の条件も含めて、すべてニュー・グレンでも打ち上げできます」という設計になっているのだろう。
その上で、3段式のニュー・グレンは、第3段の追加と直径7mのフェアリングで、カスタマーに「より一層の打ち上げ能力と、より広いフェアリング容積」を提供する。
衛星メーカーにとっては、打ち上げ能力よりも“広いフェアリング”のほうが魅力的だろう。衛星は小さなフェアリングに収納するために畳んで打ち上げるが、打ち上げ後に展開する可動機構はトラブルの元だ。7mのフェアリングが使えれば、それを前提として可動部を減らした、よりトラブルの起きにくい衛星設計が可能になる。すでに、ブルー・オリジンが衛星メーカーに対して7mフェアリング搭載を前提とした衛星の開発を働きかけていてもおかしくはない。ファルコン・ヘビーのフェアリングも5m級なので、7mのフェアリングは、ニュー・グレンにとって商業打ち上げ市場をリードするための強力な武器となるだろう。
9月16日、ブルー・オリジンは、過去15年に渡ってアリアンスペース社米支社の社長を勤めたクレイ・モーリー氏が、同社に移籍すると発表した。商業打ち上げ市場のすべてを知り尽くした人物の移籍は、ブルー・オリジンが本格的に市場に参入する意志の現れと見て良さそうだ。
未来は救いようのない過当競争か、需要急伸による市場拡大か
現在、ブルー・オリジンは弾道飛行有人宇宙船「ニュー・シェパード」の無人打ち上げテストを繰り返している。ニュー・シェパードは、ニュー・グレンに先行して、商業有人弾道飛行サービスを開始するのはまず間違いない。ニュー・グレンの打ち上げが始まる時点で、同社は弾道飛行による十分な有人打ち上げの実績を積みかさねているだろう。
ニュー・シェパードで得られる有人弾道飛行の実績と、ニュー・グレンを組み合わせれば、そこには商業地球周回有人飛行という新たな市場が見えてくる。これまで、地球周回軌道への商業有人打ち上げはロシアの「ソユーズ」宇宙船の独壇場だったが、おそらくブルー・オリジンは、破壊的な価格を提示して一気に市場を立ち上げると同時に、シェアを獲得しようとするだろう。
もちろん、「クルー・ドラゴン」有人宇宙船を開発中のスペースXも、座視することなくなんらかのアクションを起こしてくるはずだ。
商業打ち上げ市場は、1980年代後半以降、欧州アリアンスペースの一強に、ロシアの「プロトン」ロケットを運用するインターナショナル・ローンチ・サービス社(ILS)が続くという、安定した、逆に言えばユーザーにとってはあまり面白くない構造が続いていた。2010年代に入って、そこにスペースXが低価格を武器に参入し、大量の注文を得て「台風の目」的な存在となった。シェアトップのアリアンスペースも、これまで官需に安住していた米ユナイテッド・ローンチ・アライアンスも、スペースXがもたらした変化に対応すべく新ロケットを開発している。日本もまた、本格的なシェア獲得を目指し、「H3」ロケットを開発中だ。
今回のブルー・オリジン/ニュー・グレンの参入表明で、2020年代の商業打ち上げ市場は、より混沌としたものになることは間違いない。現状では年間5000億円程度の規模しかない市場が、救いようのない過剰な競争に陥るのか、それとも低価格と有人による需要の伸びで巨大市場に変貌するのか――手垢のついた表現だが、「目が離せない」。
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