それが火星に行くためならば

 第1段に9基ものエンジンを束ねたファルコン9は、初めは「あんなものが飛ぶのか」という目で見られたが、今や商業打ち上げ市場で大量の注文を得るロケットになった。ファルコン9の第1段回収も、実現可能か疑う者も多かった中で、何度も回収に成功するところまで来た。

 9月1日の爆発事故から、いつスペースXが立ち直り、ファルコン9の打ち上げに復帰できるかは予断を許さない。2018年のレッド・ドラゴン打ち上げも、2024年の有人火星探査も数年単位で遅れると予想しておくべきだろう。が、火星植民という目標からスペースXが逃げることは、同社がよほどの財政的困難に直面しない限りないはずである。

究極のロケットエンジン技術、「フルフロー2段燃焼サイクル」とは?

 液体ロケットエンジンは、燃料と酸化剤を高圧の燃焼室に吹き込んで燃焼させ、発生した高温のガスをノズルから噴射して推力を発生させる。高圧の燃焼室に燃料と酸化剤を押し込むには、高圧のヘリウムガスで圧力をかけたり、ポンプを使ったりする。大型のエンジンは通常、タービンでポンプを駆動するターボポンプを使う。

 タービンを回すには、高温のガスが必要になる。高温ガスをどこから得るかで、ロケットエンジンの動作サイクルが決まる。

 一番簡単なのは、メインの燃焼室とは別に小さな燃焼室を持ち、そこに少量の燃料と酸化剤を導いて燃やし、得られた高温ガスでタービンを駆動する、ガス・ジェネレーター・サイクルだ。スペースXがファルコン9の第1段と第2段で使っている「マーリン1」エンジンはこの方式を採用している。タービン駆動後のガスはそのまま放出して捨ててしまうので推力発生に寄与しない。

推進剤のムダを減らす

 では、推進剤全量を推力発生に使うことはできないか、と考案されたのが2段燃焼サイクルだ。まずプリバーナーと呼ばれる小さな燃焼室で、燃料の全量と少量の酸化剤を燃やして不完全燃焼ガスを作り、タービンを駆動する。駆動後のガスは残りの酸化剤と共に燃焼室に吹き込んで燃焼させ、噴射する。スペースシャトルの主エンジン「RS-25」や、日本のH-IIAロケット第1段の「LE-7A」エンジンは、この方式を採用している。2段燃焼サイクルは、ガス・ジェネレーター・サイクルより同じ推進剤から高性能を引き出すことができる。

2段燃焼サイクルの模式図(Wikipediaより)。配管を追っていくと、燃料(赤い線)の全量と酸化剤の一部がプリバーナーの中で燃やされ、ターボポンプのタービンを駆動後、主燃焼室に入って再度燃焼することがわかる。

 逆に、酸化剤全量と少量の燃料で、酸化剤リッチの不完全燃焼ガスを作ってタービンを駆動することもできる。酸化剤に酸素を使う場合は、酸素リッチ2段燃焼サイクルという。酸素を含む高温ガスは腐食性が強いので、配管内側やタービンは、酸化を防ぐ保護膜が必要になる。米国が「アトラスV」ロケット第1段に使用しているロシア製の「RD-180」エンジンや、中国が次世代の「長征5/6/7」ロケットの為に開発した「YF-120」エンジンがこの方式を採用している。

 では、フルフロー2段燃焼サイクルはどんなものなのか。

 この方式では2つのプリバーナーを使用する。一方では燃料ほぼ全量と少量の酸化剤を燃やして燃料リッチの不完全燃焼ガスを作り、燃料側ターボポンプを駆動する。もう一方では、少量の燃料と酸化剤ほぼ全量を燃やして酸化剤リッチの不完全燃焼ガスを作り、酸化剤側のターボポンプを駆動する。タービン駆動後の燃料リッチと酸化剤リッチの不完全燃焼ガスはまとめてメインの燃焼室に送り込んで燃焼させ、噴射する。

フルフロー2段燃焼サイクルの模式図(Wikipediaより)。プリバーナーが、燃料側と酸化剤側にそれぞれ1つあることに注目。

 こうすることで様々な利点が生まれる。

 まず、燃料ポンプを駆動するのは燃料リッチの不完全燃焼ガス、酸化剤ポンプを駆動するのは酸化剤リッチの不完全燃焼ガスとなる。つまりターボポンプの軸回りに漏れが発生して、不完全燃焼ガスがポンプ側に入っても爆発しない。それだけ安全性が高まる。

 また、タービンを駆動する高温ガスの持つエネルギーは温度と質量流量で決まる。温度が高いほど、流れるガスの量が多いほどガスが持つエネルギーは大きくなり、それだけタービンをパワフルに駆動できる。フルフロー2段燃焼サイクルでは、燃料と酸化剤の全量をポンプ駆動に使えるので、それだけガスの量が多くなり、ポンプの吐出圧を高くできる。するとメインの燃焼室の燃焼圧力を高くできて、それだけエンジンが高性能になる。

 この出力の余裕を安全確保に振り向ける場合は、不完全燃焼ガスの定格温度が下がるようにエンジンを設計する。するとエンジン運転時の配管の温度を下げることができ、耐久性が向上する。

 フルフロー2段燃焼サイクルは、より一層の高性能と安全性を同時に実現できるエンジン形式なのである。

中国でも開発を検討中

 逆に欠点は、2つのプリバーナーに、メインの燃焼室と、3つもガスが燃える燃焼室が必要で、それだけ配管も複雑になるということだ。エンジンは重くなり、同時に製造コストもかさむ。

 過去には、1960年代に旧ソ連が推力620tfのと巨大なフルフロー2段燃焼サイクルエンジン「RD-270」を開発している。RD-270は有人月着陸ミッション向けに使用することが想定されていたが、1971年に開発中止となった。米国では1990年代から2000年代前半にかけて、NASAと米空軍が共同で、液体酸素と液体水素を推進剤に使用するフルフロー2段燃焼サイクルエンジン「インテグレーテッド・パワーヘッド・デモンストレーター(IPD)」を研究用に開発したことがある。

 また、中国は2030年代の有人月着陸に使うための超大型ロケット向けに、フルフロー2段燃焼サイクルのロケットエンジンの技術的検討を行っている。