いきなり、設計会議から各種試験、それどころかロケット打ち上げのオペレーションや、打ち上げ後の衛星運用の現場に放り込まれ、様々な研究者や豊富な経験を持つメーカー技術者と、対等に扱われ揉まれるのである。宇宙を志す学生にとって、これ以上の環境はないといっても良いほどだった。

 ISASで育った人材は、宇宙機関と関連メーカーに散っていき、日本の宇宙開発を支えて来た。宇宙研方式の計画管理は、ISASの人材育成機能と一体かつ不可分だったのである。

 しかし宇宙三機関統合後、ISASは、研究開発法人の中の一セクションとなり、教育機能はJAXAと東京大学、あるいは国立研究法人・総合研究大学院大学との連携という形になった。統合後しばらくは、従来と同じ運用が続いてきたが、ここにきてセキュリティ強化を理由とした、開発と運用の現場から学生を締め出す動きが起きている(この問題は、理学も工学も分け隔てなく宇宙を学ぶ環境の崩壊として、「あかつき」成功を支えた教育機能が弱体化(2015年12月9日掲載)で論じている)。

 人材育成は、技術開発にも増して深刻な問題だ。
 次世代の人材が育たなくては、技術開発も実利用も吹き飛んでしまう。

 現在、各地の大学で1~数十kg級の超小型衛星開発や、小型ロケットエンジンの研究を通じた人材育成が進んでいるが、学生のうちにより大きく、かつ最先端の衛星・探査機の開発に参加できる場はISASだけである。

 ISASに厳密な計画管理を持ち込めば、宇宙研方式のような良い意味でのオープンさを保つことはできないだろう。セキュリティを名目として、情報はクラス分けされ、会議への出席や文書へのアクセスは厳密に管理されることになる。そうなればISAS流の「誰が誰に対して意見を言っても良い」という組織文化は失われ、学生が現場で揉まれつつ育つ場は完全に失われることになる。

2つの計画管理方式の併用を

 ここまで見てくれば、問題は明白だ。

 宇宙研方式の計画管理を苗床として、新しい技術の最初の種を宿し、次世代の人材を育成してきたISASの宇宙工学系は、栄養分を奪われ、発言力も低下し、弱体化している。ひとみの事故の原因もそこに求められる。

 では、今後はどこに、「技術と技術者を育成する場所」の機能を持たせるのか。これが問われている。

 宇宙研方式に対するこうした認識を持って、ひとみの事故調査報告書を読むと、「現在のやり方に問題がある」という意識が先行しすぎているように思えてくる。

 実際には、ISASの体制が間違っていたというよりも、重量2.7tという大型衛星の開発に宇宙研方式は向いていなかったというのが正しい認識だろう。同時に、宇宙三機関統合以前ならうまく回っていた仕組みが、統合後の環境の変化でうまく機能しなくなっているということも意識する必要がある。

 ISAS衛星の計画管理をPPPに基づく厳密な方式に刷新するだけでは、これまでISASが担ってきた「新しい技術の最初の種を仕込み、苗段階まで育成する」「実物の衛星・探査機の開発現場の中で、次世代の人材をOJTで育成する」という、日本の宇宙開発を根幹から支えて来た機能が、完全に失われることになる。

 では、どうすればいいのか。

 まず、組織文化を統一することは、多様性の喪失でもあり、脆弱性を増すことだということを理解する必要がある。日本の宇宙開発が、米国から導入・発展させたPPPに基づく計画管理手法と、大学からボトムアップ的に発生した宇宙研方式の計画管理手法の2つを持つことは、欠点ではなく、逆に大きな利点なのだ。

 行うべきは、2つの計画管理手法を併用する体制の整備だ。幸いにも現在、宇宙基本計画において宇宙科学はイプシロンロケットで打ち上げる「公募型小型」(2年に1機)、H-IIA(あるいは後継のH3)で打ち上げる「戦略的中型」(10年に3機)の2つのシリーズが走っている。小さい計画を効率的かつ高速に動かすことができる宇宙研方式を、この「公募型小型」に適用し、より厳密な計画管理を「戦略的中型」で採用するのが一番簡単だろう。PPPに基づく計画管理はコストがかかるので、これだけでも戦略的中型の予算を増額する必要がでてくる。

 これと同時に、公募型小型計画において宇宙研方式が効率的に機能する環境を整備する必要がある。コンプライアンスを重視するあまり、複雑な事務手続きを構築すれば宇宙研方式は機能しなくなる。権限はトップに立つ教授クラスに集中する必要があるし、契約や支出に関する事務手続きは徹底して簡素化し、かつ事務にきちんと人的リソースを投入して、研究者の人的リソースが書類仕事に吸い取られないよう配慮せねばならないだろう。そしてなによりも、「公募型小型」の規模を、宇宙研方式で計画管理できる範囲内に収める規定が必要になる。