今回のひとみ分解事故で、私は関係者から「もう少しメーカーがきちんと対応してくれていれば」という声も聞いた。

 確かに、かつてならば宇宙研方式の設計会議で教授レベルと立ち入った本音の議論を繰り返したメーカー技術者が、「ひょっとするとここは危ない」と進言したり、自主的に危険回避策を実行することもあった。だがそれは「ISASと仕事をすると新しい技術が手に入る」「それをNASDAに持っていけば、売り上げが立つ」という背景があったからこそ成立した関係だった。

 そのような環境がなくなれば、メーカーの対応はどうしても「払ってくれる金次第」となる。これまで研究者と一体となって仕事をしてきたメーカー技術者も、経営側から「売り上げが立たないようなところまで手を突っ込むな」と掣肘されるようになる。

“技術のゆりかご”が崩壊しつつある

 2008年の宇宙基本法制定以降、日本の宇宙開発は政府による実利用を前面に押し出し、それまでの主軸であった技術開発は「自己目的化した技術開発」と否定され、宇宙科学は「一定の予算内で着実に行うべき」という扱いになった。

 当初年間5000億円に増やすはずだった予算は増えず、情報収集衛星(IGS)や純天頂衛星システム(QZSS)などの実利用政府ミッションが予算に食い込んだ分、技術開発と宇宙科学の予算はやせ細った。

 以来8年が過ぎ、今、日本の宇宙技術は世界からの立ち後れが顕著になりつつある。

 世界のトレンドである、推進系に電気推進を使用する完全電化静止衛星技術も、米スペースXとブルー・オリジンが競って急速に進歩したロケット垂直着陸技術も、日本は持っていない。中国がすでに手に入れた重力天体への着陸技術もこれから開発するところだ。より周波数が高く高速情報伝送が可能になる50GHz以上のVバンドの電波を使った宇宙通信にも手が付いていない。中国はもちろんのこと、米民間ベンチャーやインドが開発を進め、さらにはイランも検討を開始した独自有人宇宙船についても、日本は「やる、やらない」の方針すら明らかにできていない。

JAXA/ISASが2019年度打ち上げ予定で開発中の、日本初の月着陸機「SLIM」(画像:JAXA)。2007年打ち上げの月周回探査機「かぐや」の時点で、日本と中国の月探査の進捗状況はほぼ同じだった(中国初の月探査機「嫦娥1号」は同じく2007年に打ち上げられている)。しかし、中国は2013年12月に月着陸機「嫦娥3号」を月面の虹の入り江に着陸させることに成功した。重力天体への着陸技術で、日本は中国に6年遅れることとなった。中国はすでに次の月サンプルリターン探査機「嫦娥5号」を準備しているので、現状のままなら、この差はますます開いていくだろう。

 この8年間の「今ある技術を有効に使う」という実利用への傾倒が明らかにしたのは、宇宙基本法以前の日本の宇宙開発は「自己目的化した技術開発」をしていたのではなく、少ない予算を技術開発と宇宙科学に集中することで、かろうじて世界の最先端に引っかかっていた、という事実だ。

 そして今や、将来技術の最初の種を育み、苗レベルまで育てる場所であった宇宙研方式によるISAS衛星・探査機の開発が、ひとみ分解事故により、風前の灯火となっているのである。

分け隔てないオープンな環境が人を育てる

 “技術の最初の種”に加えて、宇宙研方式によるISAS衛星・探査機の開発現場は、効率的な人材育成の場でもあった。前回と重複するが、宇宙三機関統合前の文部省・宇宙科学研究所は、「国公立大学の共同利用機関」という位置付けで、修士課程と博士課程の教育機関としての役割を担っていたからだ。

 学生は、修士・博士の5年間で、前回説明した「1サイクル5年」の衛星・ロケット開発を、待ったなしの開発の現場で、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)で体験することになる。大学の研究室の実験装置の延長として衛星・探査機やロケットを開発・運用してきたISASでは、そこに学生が参加するのは当たり前のことだった。いや、学生の参加を前提として、宇宙研方式が構築されたといっていいだろう。