ひとみはX線天文学の理学系研究者が企画し、立ち上げた衛星だ。彼ら「使う人」からの声に押されるかたちで観測向けの部分を優先し、その分システム面での安全性の確認が不充分になっていたことを、中間報告の記述は示唆している。
「より良いデータ」「より良い観測」にはやる理学系の研究者に対して、衛星システムを担当する工学系からの「それは危ない」というブレーキが十分ではなかったようだ。
しかし、私の知る限り1980年代から90年代にかけてのISASは、こうした理学、工学の区別がなく、非常に風通しの良い組織だったのだ。
問題はすぐに共有され、誰もが議論に参加できる雰囲気がキャンパスに満ちていた。取材に行っただけの私ですら、顔見知りの教授に「おお、いいところにきた」とつかまって、議論に参加させられることがあったほどのオープンな組織だった。そして、宇宙研は今も「理工一体」を標榜し、理学と工学が同じキャンパスにいることを強みとしている。
それが、なぜこんなことになったのか。
ひそかに進行していた理工の乖離
ここで思い出すのは、取材の過程で聞いた、ある宇宙研関係者の言葉だ。
「理工一体というけれどね、昔はそんな言葉はなかったんだよ。当たり前に理学系と工学系は緊密に協力していたんだ。ことさらに理工一体と言わねばならないのは、今、それほどに両者の協力関係が崩れているということなんだ」
――このようにISAS工学関係者に言われたのは、2010年の初頭のことだった。小惑星探査機「はやぶさ」の帰還と、金星探査機「あかつき」の打ち上げを控えて、相模原の宇宙研が慌ただしい雰囲気に包まれていた頃である。
そして、もうひとつ。
「最近の理学の若い人は、メーカーにお金を出せば思い通りの衛星を作ってもらえて、それで自分は観測をすればいいと思っていますね。でもそうじゃない。メーカーの技術者の方は、こちらが出した仕様の通りのものを作るのが仕事ですから、私達が正しい仕様を出すようにしなくちゃいけない。そのためには工学を大切にして、工学の人ときちんと組んで仕事をする必要があるんです」
これは2012年の中頃、小惑星探査機「はやぶさ2」が実現できるかどうかの瀬戸際にあった時に宇宙研の理学系関係者から聞いた言葉だ。
それぞれ聞いた時にはあまりピンとこなかったが、ひとみの事故が起きた今から振り返ると、2010年代の初め頃から危機的な状況は進行していたのだろう。
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