では、一定姿勢を維持しているにも関わらず回転しているとひとみが誤認してしまった原因の、スタートラッカー(STT)と慣性基準装置(IRU)の問題はどうだったか。

 ひとみに搭載したSTTは新規開発品だが、これが性能優先の設計で「実際の使用条件で確実に動作する」ための設計や試験計画が十分でなかった。またSTTは打ち上げ後に動作モードが勝手に変わってしまったり、ひとつのモードから別のモードへの移行に時間がかかったりと不審な動作を繰り返していたが、対応ををきちんとしないまま衛星の動作確認や試験観測などを行っていた。しかもSTTの不審な動作について、衛星管制班から宇宙科学研究所の安全・開発保証の担当者に報告が届いていなかった。

 この他にも姿勢制御系全体について、この中間報告ではいくつもの指摘がなされており「衛星の安全性を含めたシステムとしての総合的な検討不足があった」とまとめている。

 全体に、衛星を開発した宇宙研の風通しの悪さをうかがわせる内容だ。が、ここで「宇宙研とひとみ開発・運用チームが悪い」と安易に責任論にもっていっては、事故の再発を防ぐことはできない。

 事故原因の背後に風通しの悪い組織体質があったならば、なぜそのような体質になったかを調べる必要がある。さらには、もっと遡ってそのような組織体質がなぜできてしまったかという経緯を突き止めねば、本当の問題を指摘したことにはならない。

観測にはやる理学系、歯止めとならなかった工学系

 ここからは、中間報告の文言を、自分の取材経験を交えて読み解いてみよう。
 JAXA/宇宙研の組織の、どこに問題があったのか。
 報告書の中で私が気がついたのは、以下のような記述だった。

粗太陽センサ(CSAS)をセーフホールド移行判断に用いなかった件については、 CSASの線形領域視野(20deg)が観測視野範囲(30deg)に比べ狭いため、太陽方向を視野に納めきれず、不必要にセーフホールドに移行する可能性があった。 このため、ミッションの継続性を優先するユーザの要求を受け、CSASの代わりに ACFSの算出値を用いることとした。

 あるいは

姿勢制御系の設計においては、ミッションシステム要求書の要求に関する 記述が偏っており、より良い観測条件を確保する要求は詳細である一方、 安全・信頼性に関する要求が少なく、その結果、 JAXA及び支援業者共に、 安全性を含めたシステムとしてのバランスを欠く結果を招いた。
(共に強調部は松浦による)。

 専門的な用語が多くて鼻白まれたかもしれないが、こうした文章から伺えるのは、宇宙研の一体感のなさ、もっと言えば「衛星を使う人」と「衛星システムを作る人」に分裂した姿である。宇宙研には、理学系と工学系の2分野の研究者が在籍しており、衛星やロケットのシステムを研究する工学系の研究者が、理学系の衛星の開発にも参加する。

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