5月14日に発射された火星12号(朝鮮労働党機関紙の労働新聞web版より)
前回、4月15日の北朝鮮・軍事パレードに登場した新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)を分析したが、同国は迅速に次の手を打ってきた。
5月14日午前5時28分頃、朝鮮半島西部の平安北道(ピョンアンブクト)・亀城(クソン)から、新型ミサイル「火星(ファソン)12号」が発射された。ミサイルは、朝鮮半島北部を東に横切り、高度2111.5kmまで上昇した後に落下し、発射地点から787km離れた日本海の公海上に着弾した。今回の発射は、高度2000km超という高さまで打ち上げたことが特徴だ。北朝鮮が公表した映像を見ると、噴射煙の状態や周囲の作業者とミサイルのサイズの比較から、今回発射された火星12号は、ムスダンの改良型とみてほぼ間違いない。
ムスダンとの比較で見えてくる事実
北朝鮮は2016年4月から6月にかけて、立て続けに「ムスダン(北朝鮮名は「火星10号」)」中距離弾道ミサイル(IRBM)の発射実験を繰り返し、6月22日に高度1400km、水平距離400kmを飛行させることに成功した(北朝鮮、ムスダンの開発の異常なペース:2016年6月30日参照)。
ムスダンは、旧ソ連の「R-27」潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)の技術をベースに北朝鮮が開発したミサイルだ。
2016年から17年にかけて9回の発射実験を行っているが、完全に成功したのは6月22日の1回のみである(今年2月11日の発射は、成功か失敗かは不明と分類されている)。R-27は推進剤に非対称ジメチルヒドラジンと赤色硝酸(硝酸と四酸化二窒素の混合液)を用い、エンジンの「4D10」は、2段燃焼サイクルという高度な技術を使用している。
9回中7回が失敗、1回が成否不明ということから、この4D10エンジンの国産化に手を焼いているものと推察できる。
昨年6月22日のムスダンと今回の火星12号を比較すると以下のようなことが分かる。
1)全長:ムスダンは直径1.5mで全長12m。火星12号は直径がムスダンと同じと推定される。公開画像からの計測では、火星12号の全長は約15m。その分推進剤タンクが大きくなっている。弾頭部分も伸びているので、タンク部分のみで比較するとムスダンは約10mに対して、火星12号は約12m。単純に考えると推進剤が20%増しで積める。
2)飛距離と到達高度:ムスダンは高度1400kmで飛距離400km。火星12号は高度2111kmで飛距離が787km。
3)飛行時の姿勢制御:ムスダンは尾部に空力安定フィンを装備していたが、火星12号にはない。北朝鮮の公開映像は尾部エンジンにボカシをかけていたところから、小型エンジンを使った姿勢制御装置を備えていたものと推定される。
ロケットエンジンの性能は、燃費に相当する「比推力」という指標で比較することができる。比推力が良いと、同じ推進剤の量で、最終的により高速に到達することができて射程が伸びる。ムスダンが、R-27の能力をコピーしようとしたものであるなら、ムスダンの4D10(のコピー)エンジンは、旧ソ連のものより比推力が下がっていると推定できる。
もちろん、性能をつかませないためにわざと推進剤を減らす可能性もある。しかし、今回は6月のムスダンより大型の推進剤タンクを持つ火星12号を、射程4000kmに相当する軌道を飛行させたことからすると、6月のムスダンの飛行経路は、あれが精一杯のところだったのだろう。
比推力低下による射程の短縮を補うには、タンクを大型化してより大量の推進剤を搭載すればいい。ただし、この方法は打ち上げ重量が増大するので、どんどんタンクを大きくして推進剤を増やせば、射程がどこまでも伸びる…というものではない。
以上から今回の火星12号は、「コピーしたエンジンの性能低下を、推進剤をたくさん積むことで補って、R-27と同等の射程を確保しようとしたミサイル」とみることができる。
おそらく、ムスダン(火星10号)と火星12号は、別の開発計画ではなく、「R-27のコピーを国産化することで米軍が展開するグアムを射程に収める」という戦略目標を満たすという、同一の開発計画の中のバリエーションなのだろう。
限られたリソースで着々と目標を達成
このことは、「北朝鮮のエンジン技術が低い」ということを意味するのではない。「北朝鮮は、手持ちの技術をうまく組み合わせて目標を達成する技術的戦略性を発揮している」と見るべきだ。もしも、エンジンの性能をわざと切り下げることで信頼性を向上させているならば、今後、ムスダン/火星12号の成功率がどんどん向上することもあり得る。
その上で、他の項目を見ていくと、北朝鮮が着実に戦略目標を満たしつつあることが見えてくる。
まず、火星12号で、射程はR-27と同等のところまで到達し、グアムを射程に入れた。
3)からは、北朝鮮がより高度な姿勢制御機能を開発したことがうかがえる。これは、命中精度が向上している可能性を示唆する。
また、韓国の中央日報は17日になって、韓国政府筋が再突入した火星12号の弾頭内の装置類が最後まで作動していたという見方を示したと報道した。今回打ち上げられた火星12号の弾頭部分には地上との交信用アンテナが付いていた。中央日報は、政府筋がなにをもって内部装置が動作していると判断したかは報じていない。が、おそらくは、韓国軍が弾頭から送信される電波を傍受していたのだろう。
今回の打ち上げでは、弾道は高度2000km以上からほぼ垂直に大気圏に再突入しており、かなり厳しい加速度と空力加熱にさらられた。つまり、北朝鮮は、再突入時に弾頭を空力加熱から保護する熱防護技術を完成させつつあると見て間違いない。
技術開発とは反対の、稚拙な外交戦略
技術面の確実な進歩をうかがわせ、脅威の増大を予想させたこととはうらはらに、北朝鮮にとって、今、この時期に新型ミサイル発射実験を行うことの、外交的意義には疑問がある。
米国に対しては、ミサイル発射実験は瀬戸際外交で危機感を煽るという意味がある。米国は北朝鮮に対して核実験を行った場合、通常兵器による攻撃も辞さずというサインを送っている。たとえブラフであっても、北朝鮮はこれを無視できない。だから、危機感を煽って米国を交渉のテーブルに引きずり出すためには、ミサイル実験は有効な手段だ。
ところが中国に対しては、このタイミングの新型ミサイル発射実験は逆効果もいいところだ。
中国は5月14日と15日の2日間、北京に世界130カ国の代表を集めて「一帯一路国際協力フォーラム」を開催した。「一帯一路」は、習近平国家主席が2013年に提唱した、欧州とアフリカからアジアにかけての陸路(一帯)と海路(一路)の貿易インフラストラクチャーを整備するという構想だ。中国にとっては、21世紀の国際的な経済主導権を握るための戦略であり、同時に現国家主席が打ち出した重大構想でもある。そのフォーラムの開催初日の早朝に、新型ミサイルを打つということは、中国の面子を甚だしく損ねる。
ただでさえ、中国と北朝鮮の関係は、かつての蜜月が嘘に思えるほど悪化している。4月には中国は北朝鮮からの石炭輸入を停止した。さらには、北朝鮮が核実験を強行すれば原油の北朝鮮への輸出を停止するとの意向も示している。
4月には、中国は中朝国境付近に軍を展開した。5月に入ってから、「北朝鮮が4月に中国に対して6度目の核実験実施を通告したが、それに対して中国が核実験強行の際は国境を封鎖すると警告し、核実験は実施されなかった」とも報道された。
このような状況での、習近平国家主席の面子をつぶすようなタイミングでのミサイル実験は、北朝鮮が中国に対して「おまえは当てにしていない。邪魔するな」とサインを送っているのと同じだ。米朝を中国が仲介するという緊張緩和プロセスは、ミサイル発射によって実現が遠ざかった。
ロシアからも反発を喰らう
ロシアもプーチン大統領が15日、まさに一帯一路国際協力フォーラムへの出席のために訪問中の北京で記者会見を開き、北朝鮮のミサイル発射は「対立を助長する挑発だ」と今までにない厳しい調子で非難し、「ロシアは核保有国を増やすことには絶対反対で、北朝鮮が核保有国になることにも反対だ。非生産的で有害であり、危険だ」と核開発に対しても反対の立場を明確した。
スーパーパワーの米中ロは、北朝鮮の核開発を許さないという点で一致した。北朝鮮の核兵器が完成すれば、どちらを向くか分かったものではない以上、これは当然の反応だ。
おそらく、北朝鮮の意図はこれら三国の裏返しであろう。核兵器とミサイルさえ完成すれば、一点突破で米国を交渉の場に引きずり出すことができる。核兵器を向ける方向は北朝鮮が自由に決めることができる。残る2国も交渉に応じないわけにはいかない、というわけだ。
国家のリソースを核とミサイルに突っ込む賭け
北朝鮮は取り憑かれたかのように、核とミサイルに乏しい国家のリソースを投入している。日本貿易振興機構(JETRO)の調査(こちら)によると、北朝鮮の2015年の国家予算は73億6300万北朝鮮ウォン(KPW)だった。この調査では、「公定レート(1ドル=98.4KPW)に基づき、ドル換算で7482万ドル規模」としている。今のレートでざっくり80億円程度でしかない。
いかに人件費を考えなくて良いとしても、この規模の国家予算では、核とミサイルの開発は国家財政にとってあまりに危険な負担になっているはずである。
北朝鮮が他国にとって脅威となる核兵器を持つためには、今後複数回の核実験が不可欠だろう。米国が実力行使も辞さずというブラフをかけ、中ロも核開発を非難している状況で、実験を強行すれば、両国の対応が厳しさを増すのは容易に予想できる。
ロシアはどうか。この国は北朝鮮を強く非難する一方で「北朝鮮に対する脅しをやめ、問題の平和的な解決方法を見いだすべきだ」と米国を牽制し、6カ国協議再開すべきとしている。緊張緩和の主導権をロシアが握ることで、朝鮮半島への影響力を増したいという意志の現れだろう。同時に、このロシアの態度は、世界が北朝鮮に投げた最後の命綱とも言える。
着実に進む開発が、賭けから降りられなくさせている?
しかしロシアの忍耐がどこまで続くかは分からない。今回のミサイルは、昨年6月のムスダン発射と比べると、かなりロシア領海に近い海域に落下した。ロシアは伝統的に国境付近の脅威に敏感に反応する国であり、今回のミサイル実験を快く思っているはずがない。今後もミサイルが領海近辺に落下し続ければ、「実力行使やむなし」と宗旨替えする可能性も否定はできない。
前回書いた通り、北朝鮮としてはミサイル発射を継続して技術的完成度を高めつつ緊張感を高める瀬戸際外交を展開し、核実験実施のチャンスをうかがって、米国を交渉のテーブルに引き出すつもりなのだろう。しかし、今回のミサイル発射により、今後もミサイル発射を続ければ、核実験を控えても、米国だけでなく中ロも北朝鮮に愛想を尽かす可能性がはっきりと見えてきた。その先にあるのは戦争にせよ、国家崩壊にせよ、決して世界にとって幸福な事態ではない。
一方で今回見たとおり、ミサイルの技術開発は着実に進んでいる。それが、金正恩最高指導者を、「核とミサイルの力で体制存続の危機を正面突破するしかない」という、危険な賭けのテーブルから離れがたくしているのだろうか。
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