リアクションホイールは軸受けで支持されているので、一定以上に回転を上げることはできない。回転数が上がりすぎる時は、磁気トルカを使って逆方向のトルクをかけてホイールの回転数を落とすアンローディングという操作を行う。

 ところが磁気トルカは地球の磁場を利用するので正しい姿勢でなければ使えない。実際には姿勢が崩れているので磁気トルカは正しく動作せず、アンローディングができなかったようだ。

 ここでひとみは異常な状態であると判断して、セーフホールドモードというもっとも安全な状態に機体を入れようとした。

3)不適切なスラスター噴射パターン

 セーフホールドモードは、太陽電池パドルを太陽に向けて、本体をゆっくりと回転させるという状態だ。太陽電池からの発電は確保でき、ゆっくりした回転でコマのように姿勢を安定させる。衛星のどこが故障していても電力は確実に確保できる、もっとも安全な姿勢である。

 リアクションホイールも磁気トルカも使えなくなっているので、セーフホールドモードへの移行にはスラスターを使うしかない。

 ひとみは、機体の4ヵ所に2基1組、合計8基のスラスターを装備している。姿勢を変更するとき、どのスラスターをどのタイミングにして噴射するかは、搭載コンピューターが情報を保持している。ひとみは打ち上げ後、スラスターで姿勢を整えて、太陽電池パドルや後部のマストを展開した。展開の結果、重心位置や重心回りの慣性モーメントが変化するので、姿勢確立後の2月28日に、この「どのスラスターをどう噴射して姿勢を変えるか」という情報を地上から更新した。

 ところが更新した情報が不適切なものだった。間違っていたのである。
 その結果、スラスターはますますひとみ本体の回転を加速するように噴射してしまった。

太陽電池を失って万事休す

4)遠心力による破壊

 ゆっくりと回転していたひとみは、セーフホールドモードに入ろうとして行ったスラスター噴射のためにますます速く回転するようになってしまった。その結果、もっとも弱い太陽電池パドルと伸展式光学ベンチの付け根が遠心力によって壊れて、本体から分離してしまった。

太陽電池パドルの破断部位を模型で示す久保田 孝・JAXA宇宙科学研究所宇宙科学プログラムディレクタ
太陽電池パドルの破断部位を模型で示す久保田 孝・JAXA宇宙科学研究所宇宙科学プログラムディレクタ

 事故発生当初は、事故後に数回ひとみからの弱い電波が受信できたことから、JAXAは復旧の可能性があるとしていた。しかしその後の調査で、電波は別の衛星からのものであると判明した。また、ひとみの軌道には4つの大型物体が確認されているが、これが本体、左右の太陽電池パドル、伸展式光学ベンチと推定されることから、JAXAは太陽電池パドルが失われたために復旧の見込みなしと判断した。

 判断にあたっては別途「公表できない機関からの情報提供も受けた」とのことだが、これはおそらく米空軍が保有している軌道上を観測する望遠鏡が撮影した映像の情報を提供されたのだろう。

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