今回のひとみのトラブルは、10年近くに渡って投資を絞ってきた分野で、やっと実現させた大型計画が打ち上げ直後に大事故に直面したというものである。ここで追加投資をしなければ、1979年のX線天文衛星「はくちょう」以降、世界をリードしてきた日本のX線天文学が大きく後退することになるだろう。そして前回に説明した通り、長期的に見ると天文学ほど確実に役に立ち、人類社会の進歩に寄与する学問はなかなかない。

予算的余裕はある、あとは意志

 予算の話になると必ず「今の日本にそのような余裕はない」という意見が出るが、実際にないのは財政的余裕ではなく政治の意志である。そのことは、2003年11月に打ち上げに失敗した情報収集衛星の事例が示している。

 2003年11月29日、IGSの光学衛星とレーダー衛星を各1機搭載したH-IIAロケット6号機が打ち上げに失敗した。IGSの衛星は、H-IIAで2機同時に打ち上げる前提で開発された。が、事故後は基本的に1機ずつ打ち上げるようになった。「万一にも失敗して2機の衛星を同時に失ってはならない」という政治の意志に配慮した結果だ。打ち上げ能力を余らせ、打ち上げコスト2倍になっても「安心・安全」を選択したわけである。

 IGSの詳細は秘匿されているので、その後衛星が大型化して、2機同時打ち上げが不可能になった可能性もある。が、2007年2月と2013年1月には、本番の機体と同規模のIGS技術試験衛星を相乗りで2機同時に打ち上げているので、2機同時打ち上げが不可能なほどにIGS衛星が大型化しているとは考えにくい。

 2006年以降、IGS衛星の単機打ち上げは6機を数える。H-IIAロケットは1回の打ち上げに約100億円程度かかるので、政府はIGSの「安心・安全」のためにこれまでに300億円ほどをかけた計算になる。これはひとみの開発・打ち上げ費310億円に匹敵する。

 実はこの300億円は、実質的なシステムの安全にはほとんど意味がなく、政策担当者の「安心」のみを確保するものだった。H-IIA6号機の事故原因は完全に解明され、きちんと対策が施されたからだ。その対策が正しかったことは、その後H-IIAが24機連続で打ち上げに成功したことで実証されている。

 日本の政治は、政策担当者の単なる安心のために300億円の追加投資を宇宙に投ずることができる。また、日本にはそれだけの財政的余裕もある。今はその意志を、宇宙科学に向けるべきであろう。

 1967年、米国の物理学者で長年フェルミ国立加速器研究所の所長を務めたロバート・R・ウィルソンは、大型実験装置のシンクロトロンが、莫大な予算を食うとして、米議会で釈明を要求された。その時ウィルソンは「この装置は直接国防に関係ありませんが、わが国を守るべき価値のあるものにします(it has nothing to do directly with defending our country except to help make it worth defending.)」と述べ、予算は承認された。

 IGSが安全保障に役立つとするなら、ひとみは日本を人類社会に貢献する、守るに値する国とする。決断するか否かは、現在の政権を担当する政治家の資質にかかっている。