ちょっと詳しく説明しよう。

 赤道上空3万6000kmの静止軌道への衛星打ち上げでは、ロケットは衛星を静止軌道一歩手前の「静止トランスファー軌道」という長楕円軌道に投入する。そこからは、衛星自体が搭載しているスラスターを噴射して静止軌道に入る。

 一方、第2段が長時間(最低6時間程度)の間隔を空けた複数回の噴射を行う能力を持っていれば、第2段で静止軌道へ直接衛星を静止軌道に投入することが可能になる。この場合、第2段本体も静止軌道に入るので、その分打ち上げ能力は低下する(衛星の邪魔にならないようにさらなる噴射で静止軌道から離れる必要もある)。しかし、衛星側は静止軌道投入時のために推進剤を使わなくてもすむ。

 静止衛星は、そのまま放置しておくと、地球が完全な球ではないことによる重力場の非対称性から静止位置がずれていくので、ときどき搭載するスラスターを噴射して軌道位置を補正する。このための推進剤が枯渇した時が「静止衛星の寿命」となる。

 第2段による衛星の静止軌道直接投入が可能になると、その分衛星が持っている推進剤が節約されるので、寿命が長くなるのだ。これは衛星を運用する会社にとって、収益に直結するおいしい話だ。

 これまでは、軌道上で何回も再着火可能な「ブリーズ」「フレガート」といった上段ロケットを保有するロシアのみが、商業打ち上げにおいて静止衛星の静止軌道直接投入を実施していた。これらの上段は3段式の「プロトン」や「ソユーズ」といったロケットに第4段として装着し、軌道上の最適な位置で複数回の噴射を行って、衛星を目的の軌道に投入する機能を持つ。中国も「遠征1号」「同2号」という上段を開発済みで、衛星の静止軌道直接投入の能力を持っているものと思われる。

 米国は1960年代から軍事静止衛星の打ち上げでは、静止軌道直接投入を行っている。現在は後述するデルタ4ヘビーが「セントール」上段を使い、軍事衛星の静止軌道直接投入を担っている。

 日本はH-IIAのための「高度化2段」を開発し、第2段の複数回噴射を可能にしているが、現状では静止軌道直接投入ではなく、静止軌道に近いトランスファー軌道への投入に留まっている。

 巨大な打ち上げ能力を持つファルコン・ヘビーは、かなり大きな商用静止衛星であっても静止軌道への直接投入が可能と推定される。ファルコン9(打ち上げ価格は6200万ドル)との価格差を勘案しても、静止衛星の寿命延長は、カスタマーにとって魅力的だろう。

 すでにファルコン・ヘビーはアラブサット、インマルサットなどの商用静止通信衛星の打ち上げを受注している。イーロン・マスクは2016年にネットで一般からの質問に答えた時に、ファルコン・ヘビーの使い方として、「静止軌道直接投入は興味深い」と言っているが、この時はまだ実際にやるかどうかの検討段階だったのではないかと思われる。既に獲得した打ち上げ受注分では、直接投入を売りにしたのかどうかは不明だが、今後は大きな武器になるに違いない。

 年間の打ち上げ回数は少ないので、ビジネスとしては大きくはないものの、太陽系探査にとってもファルコン・ヘビーは大きな福音となる可能性がある。打ち上げ能力が大きいということは、小さな探査機なら高い速度まで加速できるということだ。目的地到着まで10年以上もかかる天王星や海王星などの外惑星、あるいは、太陽に近いので金星スイングバイを何回も繰り返さないと行けない水星などへの探査が、短期間で実施できるようになるかもしれない。

官需に安住していたメーカーにとっては悪夢

 もうひとつ、米官需打ち上げの大部分を担っている米ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)にとっては、ファルコン・へビーの成功はまさしく悪夢だ。

 ULAは米国最大(ファルコン・ヘビーの登場までは)の打ち上げ能力を持つデルタ4ヘビーロケットの運用を行っており、同ロケットでしか打ち上げることができない大型の偵察衛星など、安全保障用途の衛星の打ち上げを一手に引き受けていた。しかし今や、スペースXはこの牙城に食い込むことが可能になったのである。

米の安全保障向け大型衛星の打ち上げを一手に行ってきたデルタ4ヘビー(画像:米空軍)

 2011年頃から、スペースXは米官需打ち上げの獲得に向けて積極的な攻勢に出ており、すでに複数の安全保障用途の打ち上げを米政府から受注、実施している。ファルコン・ヘビーによりスペースXの品揃えは米官需を完全にカバーするようになった。デルタ4ヘビーの打ち上げコストは4億ドルとかなり高い。これまでは「安全保障のために絶対に必要」ということで正当化されたこの価格が、9000万ドルで同等の能力を持つファルコン・ヘビーと官需調達でぶつかることになる。