新元号に起こること(3)人の名前はどうなる?

 さて、固有名詞といえば忘れてはならないのは「人の名前」です。新しい元号が登場すると、赤ちゃんの名前に「新元号にまつわる漢字を使う」ブームが発生するのです。

 毎年、生まれ年別の名前を調査している明治安田生命では(この会社も「明治」を冠する企業名ですね)、同社ウェブサイトに「時代による名前の人気の変遷」というコラムを掲載しています。その記載をベースに、大正以後の改元で起こったブームについて振り返ってみましょう。

 まず大正初期には、男の子の名前として「正」という漢字が流行しました。「正一(しょういち)」「正二(しょうじ)」「正三(しょうぞう)」といった名前がこれに当たります。

 また昭和初期には、男の子の名前として「昭」という漢字が、また女の子の名前として「和」という漢字が流行しました。例えば男の子の場合は「昭(あきら)」「昭二(しょうじ)」「昭三(しょうぞう)」、女の子の場合は「和子(かずこ)」といった名前がこれにあたります。このうち「和子」という命名は1950年(昭和25)に至るまでの長期にわたり、ほぼすべての年でベストスリーに入るほどの人気ネームでした。

 このようなブームは、実は平成でも地味に起こっています。例えば男の子の名前で「翔平」がランクインする動きがありました。つまり平成の「平」の字が、人気の漢字のひとつとなったのです。

 もしも「新元号の漢字」と「現代的な名付け感覚」が重なり合った場合は、大正・昭和のような名付けのブームが起こるかもしれません。

新元号に起こること(4)メディアはどう動く?

 すでにこのコラム自体が改元をネタにしているように、今後、多様なメディアが、様々な角度から新元号ネタを発信することでしょう。

 例えば平成の改元の際には「平成」という字面の地名や人名を探すブームが起きました。

 このうち地名として有名になったのが、岐阜県武儀郡(現在の関市)下之保村の集落名「平成(へなり)」でした(注:住所としては小字=こあざに相当)。当時、平成の改元でマスコミがこの名前を発見したことから、この地域には全国から見物客が集まるようになったといいます。ブームはやがて沈静化しましたが、現在でも下之保村には「道の駅 平成」という施設が存在します。ただしこちらの「平成」は「へいせい」と読むそうです(参考:日本経済新聞2017年12月3日電子版「さよなら平成 ブームを起こしたあの町はいま」)。

 また当時のマスコミは人名探しにも必死になったようです。例えば改元当日の1989年(平成元年)1月8日の朝日新聞の記事には、平成(たいら・しげる)さんという名前の人物が実在すると紹介しました。

 改元の話題を追いかけるマスコミの狂騒が、不祥事に繋がった例もあります。「光文事件」と呼ばれる出来事です。大正天皇が崩御された際、当時の東京日日新聞(現・毎日新聞)が「新元号は『光文』に決定した」旨の号外を発行しました。ところが宮内省(現・宮内庁)は新元号を「昭和」と発表。東京日日新聞の号外は誤報となってしまったのです。その結果、同新聞の編集部トップが辞任することになりました。

 きたる改元でも、メディアの狂騒が見られるかもしれません。

次ページ 新元号に起こること(5)IT業界はどう動く?