今年も押し迫ってまいりました。世間では新語・流行語大賞などを筆頭に「1年を言葉で振り返る」様々な賞が発表されましたね。ちなみに新語・流行語大賞では「忖度(そんたく)」と「インスタ映え」が大賞を受賞しました。皆さんはこの結果をどのようにお感じになったでしょうか。
さて本連載「社会を映し出すコトバたち」でも、2010年から『新語十選』と名付けた企画を続けております。あいにく昨年(2016年)は筆者多忙のため発表が叶いませんでしたが、今年は満を持して、2017年版の新語十選を発表させていただきたいと思います。なお未発表だった2016年の新語十選も末尾で紹介しておりますので、興味のある方は、そちらもご覧ください。
まず手始めに、新語十選の「4つの選考基準」を紹介しましょう。第1に、日経ビジネスオンラインの読者の皆さんにとって馴染み深い分野(政治・経済・産業など)の「新語」であること(ここでいう新語とは、最近数年以内に「新しく誕生した」か「新しい意味が加わった」言葉とします)。第2に、今年、その言葉が話題になるきっかけの出来事があったこと。第3に、その言葉が今後定着しそうであるか、史実として残りそうであること。第4に、社会がこの言葉に大きな感心を寄せたことです(このうち第1の選考基準は、今回新たに加えることにしました)。
また各キーワードの解説には、日経ビジネスオンラインで登場した関連コラムも併せて紹介します。新語十選を入り口に2017年の注目コラムを読み返してみるのも、また一興かと思います。どうか、のんびりお付き合いください。
働き方改革 ~言うは易し行うは難し~
まず紹介したいのは「働き方改革」です。労働参加率の向上、労働生産性の向上、ワークライフバランスの実現などを目標とする、労働に関する様々な改革のことを指します。
この言葉が注目されるようになった契機として、直近では2017年3月に政府が「働き方改革実行計画」を発表したことがありました。また今年は労働環境の是正を背景とする宅配便料金の値上げや、電通における過労自殺の問題(16年9月に労災認定)など、働き方改革の議論を後押しする話題が数多く登場しました。上記グラフでもわかる通り、新聞記事でも2016年から2017年にかけて、「働き方改革」の登場回数が増えています。新語・流行語大賞では、働き方改革がノミネート語として選ばれました。
日経ビジネスオンラインでも数多くのコラムがこの問題を取り上げています。例えば、残業を減らした場合も従業員の所得を維持する必要性を説く「働き方改革で所得が『3%』減る?」(経営ジャーナリスト/磯山友幸氏)や、経営学者のドラッカー氏的な視点で働き方改革を分析する「ドラッカーと考える『働き方改革』の本質」(経営教育事業家/コンサルタント藤田勝利)などのコラムが登場しました。
人生100年時代 ~LIFE SHIFTと構想会議~
もともとこの言葉は、2016年10月に出版された翻訳書『LIFE SHIFT(ライフシフト)』(リンダ・グラットン、 アンドリュー・スコット著/東洋経済新聞社)の副題「100年時代の人生戦略」が注目されたのを機に広まりました。2100年代には主な先進国で人口の半分以上が100歳よりも長生きする見込みであることを示したうえで、長寿社会を前提とした人生設計を考える必要性を説いた本でした。
さらに注目のきっかけを与えたのは安倍内閣の動きです。「人づくり革命」を掲げる安倍内閣は、2017年9月に「人生100年時代構想会議」を発足させました。これは、長寿社会に必要とされる政策のグランドデザインを検討する会議とされています。この会議には、 LIFE SHIFTの著者であるリンダ・グラットン氏も有識者の一人として名を連ねました。
上記グラフでも明らかな通り、新聞では2017年に入ってからこの言葉が大きく注目されました。新語・流行語大賞においても、ノミネート語のひとつとして選ばれています。
また日経ビジネスオンラインでは「『人づくり革命』、先行きに不安の芽」、「人生100年時代の備えを今から」(東京証券取引所社長・宮原幸一郎氏へのインタビュー)、「『人生100年時代』に挑む福岡市の本気度」(日経ビジネス記者/内海真希氏)といったコラムが、この問題を取り上げています。
加熱式タバコ ~iQOSなどの商品名で有名です~
いきなり「加熱式タバコ」という言葉を目にしても「そんな言葉は見たことも聞いたこともない」という人がほとんどかもしれません。しかし、もしあなたが愛煙家なら、『iQOS(アイコス)』や『Ploom TECH(プルーム・テック)』や『glo(グロー)』といった新種のタバコについて、すでに見聞きしたか体験済みのことでしょう。また、あなたが愛煙家でない場合でも、身の回りの愛煙家が「スティック状の謎の器具」を口にくわえている姿なら見たことがあるかもしれません。おそらくそれが「加熱式タバコ」と呼ばれるものです。
加熱式タバコとは、タバコの葉を加熱して発生する蒸気を吸う方式の器具のこと。加熱のためにスティック状の器具(充電式)を用います。これが「煙が少ないタバコ」として人気を獲得。品薄状態を生むほどのヒット商品となりました。
じつは加熱式タバコの代表格であるアイコスは、2016年の段階ですでにヒット商品として認知されていました。同年末に発表された日経MJ・ヒット商品番付でも、アイコスが「東の前頭」として登場しています。しかしその一般名称である加熱式タバコは、それから少し遅れた2017年に注目されるようになりました。
日経ビジネスオンラインでは、主力3ブランドの比較分析を行った「加熱式たばこ、主要3ブランドのメリデメ」(日経ビジネス記者/佐伯真也氏)や、プルーム・テックを販売するJTを分析した「JT、油断が招いた外資席巻」などの関連記事を読むことができます。
ガス自由化 ~2017年4月に始動~
2016年4月の電力自由化に引き続き、2017年4月にはガスの自由化も実施されました。これは「都市ガスの家庭向け小売り事業を自由化する」取り組み。従来は地域ごとのガス会社が独占していた小売事業を、他の会社にも開放することになったのです。
上記グラフからもわかる通り、この言葉は制度開始に向けて徐々に話題にのぼるようになりました。
ただ自由化の成否については、様々な見方があります。例えば日経ビジネスオンラインでは「笛吹けども『都市ガス』自由化が進まぬ理由」(日経ビジネス記者/庄司容子氏・飯山辰之介氏)といった記事が登場しました。
フェイクニュース ~世界的な流行語~
フェイクニュースとは文字通り「嘘のニュース」のこと。主に政治の世界で登場する言葉です。実際に「嘘の情報」が問題になることも多いのですが、政治家や評論家などが「自分の意見に反する見解」をフェイクニュースと断じる事例も増えています。またフェイクニュースが話題になった影響で「ファクトチェック」(事実確認)などの概念も話題にのぼるようになりました。
もともとフェイクニュースは、2016年に米国で話題になった言葉でした。大統領選の候補だったトランプ氏がこの言葉を多用したため、世界的な流行語となったのです。トランプ氏は大統領就任後の現在も、この言葉を用いてCNNをはじめとする政権に批判的なメディアを攻撃しています。そして米国だけでなく日本でも、フェイクニュースの語をよく見聞きするようになりました。上記グラフからも明らかな通り、フェイクニュースが登場する記事数は2017年に急増しています。新語・流行語大賞では、フェイクニュースがトップテンを受賞しました。
日経ビジネスオンラインでは、「フェイクニュースを減らすために」(中央大学文学部教授/松田美佐氏)、「偽ニュースに反省したFacebook」(フリージャーナリスト・瀧口範子氏)、「嘘を見破る4つの方法とその精度」(文筆家/川端裕人氏)といった関連記事が登場しています。
ミレニアル世代 ~新しい価値観を探る動き~
ミレニアル世代とは(定義にもよりますが)「2000年代の初頭に成人もしくは社会人になった世代」を指します。いわゆるデジタルネイティブ(生まれた時から高度な情報通信環境で育った世代)とも重なる世代でもあります。「情報リテラシーが高い」「物よりも体験を重視する」「多様な価値観を受け入れる」「絆や共感を重視する」「社会貢献に対する意識が高い」などの傾向があるとされます。
この言葉はもともと米国で話題になっていた言葉ですが、近年になり、日本国内でも経済分野を中心に注目度が高くなりました。シェアリングエコノミー(共有経済)など「ミレニアル世代との相性がよい新ビジネス」が急成長していることも、注目される背景にあるようです。なお新聞での言及記事数のピークは2016年だったので、新語十選として「ミレニアル世代」を取り上げるのは遅きに失した感もあります。個人的には悔やまれる選出となりました。
なお日経ビジネスオンラインでは「世界は今、企業に『Why(なぜ)』を求めている」(日経ビジネス記者/大竹剛氏)、「2000年世代が仕事に求める世界共通のもの」(スペインIEビジネススクール教授/クリスティーナ・サイモン氏)などの関連記事が登場しています。
プレミアムフライデー ~笛吹けども踊らず~
プレミアムフライデーは「毎月最終金曜日、午後3時をめどに退社を促す、官民共同のキャンペーン」のこと。消費喚起と働き方改革の双方を目的にした取り組みです。モデルになったのは、米国における年間最大の商戦「ブラックフライデー」(11月の第4木曜日の翌日)でした。また一部メディアではプレミアムフライデーの略語である「プレ金」という言葉も登場しています。どこかバブル時代の「花金」を想起させる語感の略語です。
この取り組みを主導したのは、経済産業省や日本経済団体連合会(経団連)など。取り組みが始まったのは今年2月24日(2月の最終金曜日)のことでした。しかし当初の注目に比べると、この話題に関する世間の興味が「尻すぼみ」になっているのが現状です。その背景には「そもそも月末は業務の締めにあたるため帰宅が難しい」「小売・サービス業は逆に忙しくなる」「そもそも根本的な業務改革なくして労働時間の短縮は無理である」といった問題があるようです。
新語・流行語大賞では「プレミアムフライデー」をベストテンとしました。選考委員からは「言葉だけが先行して実態が追いついていない」との厳しいコメントも飛び出しています。受賞者として登壇した経団連副会長の石塚邦雄氏は「(小売・サービス業は)お客様のニーズに合う商品を提供しないといけない」との反省の弁を述べていました。筆者としては「本質を捉えていない発言」であるように思った次第です。
日経ビジネスオンラインでは「プレミアムフライデーの黒子が語る」(日経ビジネス記者/藤村広平氏)、「プレミアムフライデー、使った金額『0円』最多」(米田勝一氏)などの関連記事が登場しています。
レッドライン ~意外な新語~
レッドラインとは「越えてはならない一線」のこと。2017年、北朝鮮のミサイル実験をきっかけに、米朝両国による威嚇の応酬が激化。国際社会において「越えてはならない一線」が意識されるようになり、注目された言葉でした。また直近では、トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定したことにより、「米国はイスラム教徒にとってのレッドラインを超えてきたのではないか」とする議論も現れています。この両方の話題に、トランプ大統領が絡んでいるのが非常に興味深い点です。
さてこのコラムをお読みになっている皆様から「この言葉は前からあったじゃないか」というお叱りの声が聞こえてきそうです。しかしながらレッドラインの「越えてはならない一線」という意味は、日本語においては比較的新しいものなのです。もう少し厳密にいえば、多くの国語辞典が見逃していた意味でした。例えば年明けに最新版(第七版)が販売される広辞苑は、現在の第六版(2008年発売)に「レッドライン」を載せていません。筆者が確認した範囲では、「越えてはならない一線」という意味のレッドラインを載せている辞書はデジタル大辞泉(小学館)だけでした。
日経ビジネスオンラインでは「トランプ政権はレッドラインを決めた」(在米ジャーナリスト/高濱賛氏)、「『レッドライン』を越えてきた強気の北朝鮮」(みずほ証券金融市場調査部チーフマーケットエコノミスト/上野泰也氏)などの記事が登場しています。いずれも米朝の軍事的緊張を取り扱った記事です。
EVシフト ~欧州・中国が先行~
EVシフトとは、世界の自動車産業において「電気自動車(EV)への移行が急速に進んでいる状況」を表す言葉です。この現象は単に「エンジン自動車から電気自動車への移行」を指すばかりではなく、「ハイブリッド車(HV)や燃料電池車(FCV)などのエコカーの中で、電気自動車への投資意欲がとりわけ高まっている状況」も指しています。
注目のきっかけは、欧州や中国といった巨大市場で電気自動車への移行が急速に進んでいることでした(英仏におけるガソリン車・ディーゼル車販売禁止の方針など)。いっぽうで日本では、今後もしばらくハイブリッド車の時代が続くとの見方も根強く、欧州・中国との温度差が目立つようになっています。上記グラフでも明らかな通り、EVシフトの話題を取り上げた新聞記事は2017年になって急増しています。
日経ビジネスオンラインでは「車は『EVシフト』、世界は『EUシフト』」(ジャーナリスト/岡部直明氏)、「急加速のEVシフトに潜む5つの課題」(名古屋大学客員教授/エスペック上席顧問/佐藤登氏)、「電気自動車は石油消費を減らせない?」(石油経済研究会/大場紀章氏)などの記事が登場しました。
モリカケ問題 ~行政プロセスの不透明を問う~
最後はおなじみの話題となった「モリカケ問題」を選んでみました。大阪府豊中市の国有地払い下げにおいて不明瞭な値下げが行われたとする「森友学園問題」と、獣医学部新設の認可プロセスが問われた「加計学園問題」の総称です。今年の新語・流行語大賞の大賞を受賞した「忖度(そんたく)」も、元はといえば森友学園問題における口利きの有無を問う場面で登場したものです。
どちらの問題も2017年に発覚した話なので、当然のことながら新聞記事のグラフも2017年にのみ数字が現れる形となりました。ただ筆者個人として少々意外だったのは、新聞記事において「モリカケ問題」や「もりかけ問題」などの言葉が登場した記事数が「思ったほど多くなかった」ことです。詳しい検証はしていませんが、モリカケ問題は、週刊誌やテレビなどで好まれた表現だったのかもしれません。
日経ビジネスオンラインでは、コラムニストの小田嶋隆氏が「モリカケ問題が沈静化しない理由」と題するコラムを発表しています。またモリカケ問題という言葉こそ登場しないのですが、森友学園関係で「森友問題に見る、自浄できない自民党の限界」(ジャーナリスト/田原総一朗氏)などの記事が、加計学園問題関連で「加計問題が映し出す日本の『本当の病』」(小宮一慶氏)などの記事が登場しました。
分断と虚実の一年
ということで、ここまで2017年の新語十選を紹介しました。改めて今年選んだ語を紹介すると「働き方改革」「人生100年時代」「加熱式タバコ」「ガス自由化」「フェイクニュース」「ミレニアル世代」「プレミアムフライデー」「レッドライン」「EVシフト」「モリカケ問題」の10語ということになります。一部、筆者の個人的な思い入れのある言葉(レッドライン)も含めましたが、今年の世相をそれなりにまとめることができたのはないかと考えております。
毎回、十選に現れる「その年のトレンド」を分析するのも、個人的な楽しみとなっております。今年は「大きな構造変化」「笛吹けども踊らず」「分断と虚実」という3つのトレンドを見出すことができました。
「大きな構造変化」に相当するのは「働き方改革」「人生100年時代」「ガス自由化」「ミレニアル世代」「EVシフト」といった言葉。つまり労働のあり方も、人生設計や社会制度のあり方も、エネルギー産業や自動車産業のあり方も、社会を構成する人々の価値観そのものも、大きく変わりうる可能性があるのです。
また「笛吹けども踊らず」に相当するのは「ガス自由化」と「プレミアムフライデー」の2語。関係者がいろいろ準備を整えても、世間があまり反応しない状況も目立った年でした。
そして「分断と虚実」に相当するのが「フェイクニュース」「レッドライン」「モリカケ問題」の3語です。いずれも異なる立場の「分断」を感じさせる言葉であっただけでなく(フェイクニュースではトランプ政権と政権を批判するメディア、レッドラインでは米国と北朝鮮、モリカケ問題では与党支持派と野党支持派の間で、建設的対話が不足する状況があった)、それらに関連する報道や世間の反応に「虚実入り交じる情報が錯綜した」という共通点があります。このようなトレンドが世界的に同時進行していることが、筆者には非常に興味深く思えました。
さて来年はどういう年になるでしょうか。本コラムで紹介した記事を読み返しながら、来る年の姿を想像してみてはいかがでしょうか。どうか良いお年を。
おまけ:2016年までの新語十選
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