いわゆる「2000年問題」が起きてから16年が経ちました。2000年問題とは、西暦2000年1月1日を迎えた瞬間にコンピューターシステムが誤動作を起こす可能性を指摘したものです。当時のコンピューターシステムの中に、西暦を下2桁で記録するものがあったことが主な原因です。
筆者は「当時の社会が相当な危機感をもってこの問題にあたった」と記憶しています。すでに高度な情報化が進んでいる現代社会において、コンピューターシステムの誤動作は予測不能な社会問題を引き起こす可能性がありました。
結局2000年問題は、日本においても世界においても、あまり大きな問題を起こすことなく終わりました。ただ一部では、システムが実際に誤動作したほか、2000年からずいぶん時間がたってから問題が発生した事例もありました。2000年問題に関連する指摘は的はずれなものではなかった――と、筆者は感じているところです。
さてこの2000年問題以来、少なくとも日本社会では「20XX年問題」と総称できそうな表現をよく聞くようになりました。2001年問題とか、2002年問題とか、そういった類の表現のことです。
その多くは、コンピューターシステムの問題ではなく、社会問題を対象にした表現です。例えば「医薬品の2010年問題」は、大型医薬品の特許がこの年に一斉に切れる問題を指しました。この特許切れは、医薬品メーカーの収益に大きな影響をもたらす可能性があったのです。
そして2016年以降も、同様の20XX年問題が起きる可能性があります。今回の「社会を映し出すコトバたち」は、2016年以降の20XX年問題について、代表的なものを紹介することにしましょう。
本稿はその前編。今年話題になっている2016年問題から、2019年問題まで4年分の20XX年問題を紹介します。
2016年問題 ~イベント会場が足りない~
まずは2016年問題から。現在もっとも注目されているのは「イベント会場の2016年問題」です。
首都圏において「舞台やコンサートなどのイベントを行うための会場」が不足してしまう問題のこと。2020年の東京五輪開催を控え、劇場やホールなどの施設で、改修・建て替え・移転・閉鎖などのタイミングが集中してしまったのです。
例えば代々木第一体育館は改修(2017年より2年の予定)、渋谷公会堂は建て替え(2015年10月に閉鎖)、日本青年館は移転(2015年3月に閉鎖)、五反田ゆうぽうとは閉鎖(2015年3月)といった具合です。
この問題を受けて、「首都圏に偏在していたイベントを、この機会に地方に持って行くべき」との意見も一部で聞かれました。しかしイベントの地方移転は容易ではないようです。多くのイベントが首都圏(あるいは大都市)の公演で売り上げを立てて、地方公演の赤字を埋める収益構造になっているからです(関連記事:「次々に閉館!劇場の『2016年問題』」)。
現在は、仮設劇場の建設を求める声、公立施設を短期的にホールに転用することを求める声、施設改修のタイミングを行政がコントロールすることを求める声など、様々な提言が行われている段階であるようです。
さてこのほかにも2016年問題とされる諸問題がありますので、2つだけ簡単に紹介しておきましょう。
まず「都心オフィスの2016年問題」は、首都圏で新築のオフィスビルが数多く完成するために、オフィスの供給が過剰となる可能性を指摘する言葉。また「福島の2016年問題」は、2011年の原発事故を原因とする甲状腺がんの発症率が、2016年を境に急上昇する可能性を指摘する言葉です。
2017年問題(1)~その日は「大安」か「仏滅」か?
2017年問題と称する諸問題のうち、最も存在感が大きいのは「カレンダーの2017年問題」です。この問題は、少々複雑で風変わりな話題です。できるだけ噛み砕いて書きますので、頑張って話についてきてください。
この問題を端的に表現すると、次のようになります。「2017年のカレンダーは、カレンダーの製作者によって、六曜(大安や仏滅など)の日取りが変わってしまう」のです。
例えば2017年3月25日(土)の六曜は、あるカレンダーは「大安」に、別のカレンダーは「仏滅」としています。これでは結婚式の日取りを決めるカップルが困ってしまいますね。もちろん、結婚式場はもっと困ることでしょう。
ではなぜ「製作者によって六曜の日取りが違う」のでしょうか。
まずは六曜の決め方から説明しましょう。六曜は旧暦(太陰太陽暦)に基いて定められる日取りです。割り当ては、旧暦の月と日を足し算した数字を6で割って求めます。具体的には割り算の余りが0の日を大安、1を赤口、2を先勝、3を友引、4を先負、5を仏滅と割り当てる訳です。
ということは現在の暦(グレゴリオ暦のこと。以下、新暦)の日付が、旧暦の何月何日にあたるのかが明確に決まりさえすれば、六曜は自動的に決まるのです。
ところが「旧暦の2017年2月」に限って、とある理由から「月初めがいつなのか」分かりにくい状況が起こってしまいました。月初めが「新暦の2017年2月26日」なのか「同27日」なのかで、カレンダー製作者の間で判断がわかれてしまったのです。
2017年問題(2)~では旧暦の月初めはどう決まるのか?
ではどうして、カレンダーの製作者によって「月初めの判断」が異なってしまったのでしょうか。
この疑問を解くには「旧暦の月初めを決める方法」を知らなければなりません。旧暦の月初めは「新月(朔=さく)の日」を指します。つまり月の満ち欠けの中で月がもっとも見えなくなる時刻(が属する日)を、旧暦の月初めの日とするわけです。
例えば2017年1月の新月(朔)は「1月28日午前9時7分」にやってきます。したがって旧暦2017年1月1日は、新暦1月28日となります。なお以上で薄々お気づきと思いますが、新月(朔)が来るタイミングは観測に基づいた「予測」で決まります。
ところがこの「予測」が、旧暦2017年2月の新月(朔)に限って「微妙なタイミング」になるのです。具体的には新月(朔)のタイミングが「新暦2017年2月27日の午前0時付近」という微妙な時刻になってしまったのです。
この微妙なタイミングは、次のことを意味します。もし新月(朔)のタイミングが午前0時0分より1分でも前ならば「新暦の26日が月初め」となります。いっぽう新月(朔)が午前0時0分以降ならば「新暦27日が月初め」となるのです。
そして月初めの日付がずれると、六曜の日取りも当然ずれてしまいます。例えば2017年3月25日(土)の六曜は、前者の解釈では「大安」、後者の解釈で「仏滅」となってしまうわけです。
2017年問題(3)~実はこの問題、解決済みです
――と、つい不安を煽るような書き方をしてしまいましたが、実はこの問題は今年の2月1日に解決済です。国立天文台が毎年2月1日に、「暦要項(れきうようこう)」という資料を「官報」を通じて発表しました。この暦要項において、2017年の月の満ち欠けについて正式な予測値を記しているのです。(注:2017年問題のために特別に発表したのではなく、毎年恒例の発表です)
余談ながらこの暦要項は、翌年の「春分の日」や「秋分の日」の日付を正式発表する資料として有名です。年によって変動する「春分の日」「秋分の日」の日付をいつ誰が正式に決めているのか、疑問に思っている人も多いと思います。実は国立天文台が前年の2月1日に発表しているわけです。
したがって日本では「翌年のカレンダーを作る場合、その年の2月1日以降でないと、記載すべき情報が確定しない」のです。ただビジネス上の要請により、それ以前のタイミングで情報を必要とする場面も多いことでしょう。そこで、情報を必要としたタイミングの「暫定値」で、春分・秋分・新月などを決める場合があります。これが2017年問題が発生した背景なのです(=カレンダー製作者によって参照した暫定値が異なるため、異なる暦が出来上がった)。
さて最新の暦要項によれば、2017年2月の新月(朔)は「2月26日の23時58分」に訪れる予定です。もちろん実測値はその瞬間になるまでは分かりません。とはいえこの公式予測が、国内の旧暦を決める根拠となります。したがって旧暦2017年2月は新暦2017年2月「26日」に始まることになったわけです。
ちなみに、文中でたびたび「仏滅」と「大安」を迷った新暦2017年3月25日(土)の六曜は「大安」で確定しています(計算方法:新暦2017年3月25日は旧暦2月28日に相当。そこで2+28を6で割ったときの余りを計算すると0となり、0=大安となる)。
結局、この問題で大安・仏滅が確定していなかった日のうち「大安」となった日は、新暦2017年3月1日(水)、7日(火)、13日(月)、19日(日)、25日(土)の計5日です。この日は、結婚式場における日取りの穴場になっている可能性もありますので、検討をされている方は念頭に置くのがよいかと思います。
このほかの2017年問題も簡単に紹介しましょう。2017年は団塊世代が70歳に突入し始めることから「団塊世代の2017年問題」を指摘する立場があります。具体的には要介護状態にある高齢者が増加したり、この世代の経営者が事業継承の問題に直面したりすることなどが指摘されています。
2018年問題 ~大学進学者の絶対数が減る~
次は2018年問題です。2018年問題と称する諸問題のうち、最も存在感が大きいものは「大学進学の2018年問題」です。この年、18歳人口が減少に転じると推計されるため、大学進学者の数も減り、大学経営がこれまで以上に困難となると予想されているのです。
少子化が大学経営に与える影響は、すでに様々な形で始まっています。このうち最も人口に膾炙していると思われるのが「大学全入」と呼ばれる問題でした。
これは2007年ごろに言われた言葉。大学への入学を希望する人の総数と、大学の入学定員が同数になったのです。つまり「より好み」さえしなければ、希望者全員が大学に入学できる状況が訪れました。実際、人気のない大学では、全入どころか定員割れを起こすところも少なくなかったようです。
いっぽう2018年問題は、そこからもう一歩踏み込んで「大学進学者の絶対数」が減少に転じることを問題視しています。実は大学全入時代に突入した少し後の2009年まで、大学進学者の絶対数は増えていました。その背景には大学進学率の増加という要因がありました。
しかし2018年以降は「18歳人口が減る」だけでなく「大学進学率も伸びない」と予測されています。したがって「大学進学者の絶対数が減る」可能性があるわけです。
そこで各大学は入学者を集めるための様々な改革を進めています。その改革の動きも大きく絡む話題に「教育の2020年問題」があります。これについては後編で詳しく述べることにしましょう。
2019年問題 ~コミケはどこで開催する?~
前編の最後は2019年問題です。2016年の「イベント会場の不足問題」とよく似た問題が、この年に発生する可能性があるといいます。「大型展示会場である東京ビッグサイト(東京国際展示場)が、通常の用途に使えなくなる」のです。この問題にも、2020年開催予定の東京オリンピックが絡んでいます。
東京ビッグサイトといえば、各種の展示会や見本市を開催するための会場。2014年のデータでは、年間のイベント回数は290件、来場者数は1425万人にのぼりました。マンガやアニメなどの文化に親しんでいる人にとっては、同人誌即売会「コミックマーケット」の会場として有名でしょう。
この会場が、五輪のメディアセンターとして使用されることになったのです。これに伴い、2019年4月から2020年11月までの間、東展示場が利用不能に。また2020年4月から10月までの間はすべての展示場が利用不能になります。
東京都による五輪計画案を受けて、日本展示会協会が2015年11月に、計画の見直しを求める声明を発表しています。「期間中に約500件の展示会が中止に追い込まれることになり、展示会の出展社が上げるはずだった約5兆円の売り上げが消滅する可能性がある」。
声明は対案も示しています。「東京ビッグサイトに隣接する防災公園などにメディアセンターを新設して、五輪後は東京ビッグサイトの新施設として利用し、災害時には防災拠点として活用する」。
いっぽう東京都は2月、「東京ビッグサイトの近隣に代替施設を設ける」との方針を明らかにしました。具体的には、ビッグサイトの西側1.5キロメートルの場所にある駐車場に、2019年4月から2020年3月までの1年間限定で、2万4000平方メートル(東京ビッグサイトの面積の30%に相当)の展示スペースを設けるとしています。
また、もともと建設予定であった東京ビッグサイト・西拡張棟(2万平方メートル)の完成時期を、2019年12月末から同6月に前倒しするとしています。(参考:東京新聞2016年2月24日)
最後にこれ以外の2019年問題も簡単に紹介しましょう。
まず紹介したいのが「不動産の2019年業界」。これは、2019年を境に日本の世帯数が減少に転じるため、住宅需要が縮小すると予想されるのです。
また「太陽光発電の2019年問題」もあります。これは余剰電力を電力会社に販売していた家庭(固定価格買取制度を利用していた家庭)のなかに、2019年以降、固定価格による買取期間が終了する(=電力を販売する時の単価が大幅に低下する)家庭が増えるのです。電力を販売するメリットが少なくなるため、余剰電力をいかに有効利用するかが各家庭における大きな課題となります。
――ということで前編はここまで。後編では、2020年代以降の20XX年問題について紹介する予定です。
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