トニーグリッシュ(1950年代)

 さてここで、ルー大柴さんの「ルー語」を思い出していただきたいのです。例えば「藪から棒」を「藪からスティック」と言い換えるなど、直訳型フレーズを多用する表現方法のことです。

 そのルー語が流行したころに、こんな指摘がありました。ルー大柴さんが発信するルー語と、「ある芸人」が過去に発信した一連のギャグには、共通のテイストが存在するでは――という指摘です。

 その「芸人」とはトニー谷さん(1917~87年)のこと。1949年にジャズコンサートの司会としてデビューしたあと、放送が始まったばかりのテレビ(※)でブレイクした芸人さんです。「さいざんす」「おこんばんは」「バッカじゃなかろか」「家庭の事情」などの言い回しも人気に。おそらくこれらは、テレビが発信した「最初期のギャグ」だったと思われます。

(※注: NHKと日本テレビが日本で初めてテレビ放送を開始したのは1953年のことでした)

 その後、彼の人気は一時期低迷します。しかし素人参加型の歌番組「アベック歌合戦」(日本テレビ系:1962~68年)の司会になり、彼は再ブレイクを果たしました。拍子木を打ちながら出場者に自己紹介をうながす「あなたのお名前なんてぇの?」というフレーズが特に人気でした。この時代の彼のことを覚えている読者の方も、いらっしゃるかもしれません。

 そんな彼が発したフレーズには、英語由来のものが少なくありません。実際彼の口調は、最初にブレイクした頃から「トニーグリッシュ」とも呼ばれていました(注:トニングリッシュと表記する資料もある。本稿は「増補版 昭和・平成家庭史年表」の表記に準じた)。

 そのトニーグリッシュには、幾つかの「パターン」がありました。例えば「レディース、アンド、ジェントルメン、アンド、おとっつぁんおっかさん」の場合は、英語と日本語のフレーズをごちゃまぜにするパターン。また「あたしゃあなたにアイ『ブラ』ユー」は、本来「アイ『ラブ』ユー」とすべきところを、その文字の順番を入れ替えるパターンです。

 ところが意外なことに、彼のフレーズの中には「直訳のパターン」が少ないのです。筆者が発見できたのは「スプリングレイン春雨」というフレーズのみでした。

 直訳フレーズが少ない理由については、よく分かりません。直訳フレーズは「ギャグとしてはあまりに単純すぎる」のかもしれませんし、その一方で「当時の日本人には難しすぎた」のかもしれません。ともあれトニー谷さんとルー大柴さんの芸風は、テイストがよく似ているようでありながら、実は「細かい違い」が存在したのです。

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