欧米では疎遠で、アジアでは身近

 ということでここまで、様々な「猿の慣用句」について紹介しました。

 ここでいま一度、冒頭の話に戻りましょう。「様々な『猿の慣用句』を観察すると、アジア文化と猿の関係性が見える」というお話です。その関係性の鍵の握るのは「ネガティブとポジティブ」という考え方です。

 実は欧米で生まれた「猿の慣用句」では「ネガティブ」な存在の猿に大きな存在感があります。

 英語の慣用句の例をあげましょう。例えばmonkey business(モンキービジネス)はインチキな商売の意味。monkey on your backとかhave a monkey on one's backという表現は「重荷を抱える」ことや「麻薬中毒」を意味します(参考:英辞郎 on the WEB)。

 また残念ながら英語ではmonkeyが差別用語にもなってしまいます。具体的な記述は避けますが、黒人、黄色人種、あるいは特定の国家やその軍隊を侮蔑するような場合に、monkeyを含む差別表現を用いることがあるのです。

 このように英語における猿は、多くの場合、ネガティブなイメージを持っているのです。

 また程度の違いはあるのの、英語以外の西洋系の言語でも、猿はネガティブなイメージで登場することが多いようです。たとえばイタリア語、ポルトガル語、スペイン語の猿には「猿真似をする人」という意味もありますし、ドイツ語の猿(Affe)には「見栄っ張り」という意味があります。どれもネガティブなイメージです。

 しかしながら、日本語における猿の慣用句には「ネガティブとポジティブ」の両方のイメージが存在します。もっと正確に言えば、アジア文化(日本や中国など)における猿の扱いには「ネガティブとポジティブ」の両方のイメージが存在するのです。

 この差異には、おそらく「猿の生息域」が影響しています。そもそも猿の生息域は、赤道を中心とした地域(アフリカ、東南アジア、南アメリカ)です。欧州や北米において、猿は馴染みのない動物でした。逆に言えば、アジアにおいて猿は馴染み深い動物だったのです。

 そういえばアジア文化で発祥した「物語」には「猿」がよく登場します。例えば中国の西遊記や、日本のさるかに合戦などです。このうち西遊記に登場する「孫悟空」は、やんちゃであるネガティブな側面と、ヒーローであるポジティブな側面を両方持ちあわせた存在ですね。

 まとめるとアジアにおける猿は、人に近い場所に棲む動物だったために、それだけ馴染み深い存在となり、ことわざや慣用句の中でも「ネガティブとポジティブの両面」を持つ存在となったのではないか――と推測できるわけです。