猿を「ポジティブ」に捉える慣用句

 このように、ことわざや慣用句の世界における猿は「知恵が足りない者」や「愚かな者」として登場することが少なくありません。

 しかしいっぽうで、猿を「賢者」に見立てたり「神格」視するフレーズも存在します。好例が「猿も木から落ちる」。皆さんもよくご存知の通り、その道に長けた者であっても時には失敗することを意味します。つまりここに登場する猿は、その道に長けた者を意味するわけです。「弘法にも筆の誤り」における弘法大師(空海)と同格の存在ともいえます。

 以下、猿をポジティブな存在と捉える、そのほかのことわざや慣用句を紹介しましょう。

【猿に絵馬】「取り合わせの良い物」を意味する慣用句。古来、猿は馬の守り神と思われていました。これは日本のみならず、アジアの広い地域で見られる考え方です。そこで馬小屋に猿を飼ったり、馬小屋に申(さる)の文字を飾ったりする習慣がありました。

 神社に奉納する絵馬でも、猿は定番の題材。例えば猿が馬をひく絵などがよく登場します。そういえば西遊記でも、猿(孫悟空)が三蔵法師の乗る馬をひいていますね。つまり猿と絵馬、あるいは猿と馬は、取り合わせのよいものなのです。その背景には、猿を神ととらえる考え方があります。

【見ざる聞かざる言わざる】両目、両耳、口をそれぞれ手で覆った猿のことを「三猿(さんえん)」といいます。日光の東照宮にある三猿像が有名ですね。

 三猿は日本以外でも広く見られるモチーフです。エジプト発祥のモチーフとの説もあり、日本にはシルクロード経由で到達したと見られています。この三猿のことを、英語でthree wise monkeys(三匹の賢い猿)と表現することがあります。したがって、この猿もポジティブな存在と捉えることが可能でしょう。

 ちなみに天台宗の考え方によれば、見ざる聞かざる言わざるとは「耳は人の非を聞かず、目は人の非を見ず、口は人の過を言わず」ということを意味するのだそうです(参考:ブリタニカ国際大百科事典・少項目版2009)。

おまけ ~その他の「猿の慣用句」~

 ではここからは、ネガティブとポジティブのどちらにも属さないことわざや慣用句を紹介しましょう。

【蟹(かに)の横ばい猿の木登り】文字通り、蟹は横に歩くものだし、猿は木に登るものだということ。つまり「他人から見てどれだけ不自然でも、当事者にとっては、そうすることが最も自然である」ことを意味します。後半を省略して「蟹の横ばい」と言う場合もあります。

【猿の水練(すいれん)、魚の木登り】水練とは水泳のこと。猿が水で泳ぎ、魚が木に登る様子を表しています。つまりこれは「見当違いの行動」を意味するフレーズなのです。ただし本物の猿は、種類にもよりますが泳げます。

【籠鳥檻猿(ろうちょうかんえん)】檻猿籠鳥(かんえんろうちょう)とも。鳥が籠の中に、猿が檻の中に囚われている様子を表す言葉です。つまり「自由を奪われた状況」や「生きたいように生きることができない状況」を意味しています。やはり中国の故事に由来する言葉です。似た言葉に「池魚籠鳥(ちぎょろうちょう)」があります。

【窮猿投林(きゅうえんとうりん)】この言葉は、窮地に追い込まれた猿が林に逃げ込むことを表しています。つまりこの言葉は「困っている状況では、選り好みする余裕がない」ということを意味します。これも中国の故事に由来する言葉です。