異なる作り方をする農家は、口も聞かないことも多いそうでどうなるか興味津々。私も意見をまとめる役目で参加しました。

 いろんなテーマで意見は白熱。「儲かる農業は嘘か本当か?」「補助金・助成金は?」「自給自足・自農のすすめ」「後継者問題」「消費者に言いたいこと」では激しい議論が展開されました。

 若い農家の方も多く、みんな農業の明日を信じるというより、自分たちで自由につくるというクリエイティブ気質。いい米や作物をつくるだけでなく、いかに消費者とのパイプを繋ぐかということの大事さに気づいていました。

 私は、農業をやったことがありませんが、農業が明日の日本をつくるということがヒシヒシと感じられ嬉しかったです。ひと言でいえば、農家の壁を越える。これに尽きるでしょう。

苦しいけれどクリエイティブ

 こういう中川さんも5年を過ぎましたが、まだまだ実験中。自然栽培でも、まったく有機物(藁)を入れない田んぼ、少しだけ入れる田んぼ、たくさん入れる田んぼで出来具合を量る。実際、見せてもらいましたが、隣の慣行栽培は神経質と思えるほど雑草がなくスッキリ。中川さんの田んぼは雑草もある。しかし、7月の時点で、稲の成長度は変わらない。本当に面白いです。隣の田んぼと全然違う、同じ水が流れているのに。

 また、有機物を入れない田んぼには、勝手に鴨やサギが飛来する。鳥たちは知っているのだなあ、と改めて自然の力に敬服しました。
 秋になれば、その違いはもっと明らかになると言います。穂をつけた稲が絵で描いたような黄金色に。残念ながら、慣行栽培の稲は緑が残るらしい。ご覧になれば、おわかりいただけるでしょう。

 農家の新人類のような中川さんですが、江戸時代なら農民らしい農民だったかも知れないな、と想像してしまいました。きっと昔の農民は、苦しいけれどクリエイティブな人種だったのではないかと思います。

 中川さんの挑戦は始まったばかり。やりたいことが山ほどあると言います。自然栽培の仲間をふやす、人を育てる、高畠を自然栽培特区にするなど。その中でも特に、人を育てることが何より大事。人が成長するには、誰に習うかで決まる。自身がそうだったように。最終的には、農のプロデューサーになりたいとも。

 こういう農民こそが、クリエイティブな農業をつくるのでしょう。書いていて、これは農業の話というより、明日の日本社会・経済のことだなと確信してしまいました。

 自然を尊重し、自然を師とし、自然と順応して生きていく。ここに、第十四代中川吉右衛門の生き様があります。応援しましょう、私たちの明日の「いのち」と「食」のために。

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