弾劾訴追案が可決された直後の朴槿恵大統領(写真:YONHAP NEWS/アフロ)
韓国国会が弾劾訴追案を可決した翌日の12月10日、ソウル市中央の光化門広場ではこの日もろうそく集会が行われた。「国民が望む通り、ついに弾劾訴追案が国会を通過した」と喜ぶ人々と、「弾劾は始まりに過ぎない。韓国を変えるためにはこれからが大事。朴槿恵大統領が退陣して法の裁きを受けるまで集会を続ける」と悲壮感を顔に浮かべる人々が入り混じる集会となった。
弾劾訴追案は12月9日、議員300人のうち299人が参加して採決された。議決するためには200票以上の賛成が必要なところ、野党3党と無所属の票は合わせて172票。与党のセヌリ党がどう出るか注目されていた。
ふたを開けると賛成234票、反対56票、棄権2票、無効7票。弾劾に賛成するセヌリ党議員が予想より多い結果となった。
国会が弾劾訴追を議決したため、朴大統領は職務権限を停止された。同大統領が憲法に違反したかどうか、弾劾するかどうかを、憲法裁判所が決める。この間、ファン・ギョアン国務総理が大統領の権限を代行する。憲法裁判所が弾劾を決めれば、朴大統領は大統領職を罷免され、60日以内に大統領選が行われる。複数の韓国メディアは、世論を反映して弾劾を確定する判決を憲法裁判所が1月中には下し、2017年の春頃、大統領選挙が行われる可能性が高いと報じた。
朴大統領は11月29日、第3次対国民談話で「私は、任期の短縮を含む進退を国会の決定に任せます。国政の混乱と空白を最小限にし、政権を安定した環境の下で移譲できる方案を作ってくれれば、その日程と法の手続きに従って大統領職から退きます」と発言した。国会に進退を任せるというわけだ。
国民の間では「最後の最後まで他人任せで責任をとろうとしない」と談話の内容を酷評する意見が多く、第3次対国民談話の後、朴大統領を弾劾して今すぐ辞めさせるべきという世論がさらに広がった。
弾劾に反対する議員に抗議が殺到
弾劾訴追を決定づけたのは、ろうそく集会だけではなかった。国民が国会議員に対して行った「電話攻撃」も後押しした。
野党・共に民主党のピョ・チャンウォン議員は11月30日、弾劾に反対する議員を自身のSNS上で名指しした。その翌日、ソウル大学院に通う院生が、セヌリ党議員131人について、選挙区と主な活動内容、事務所や議員本人の携帯電話番号をリストアップしてソウル大学生向けのオンライン掲示板に掲載した。
韓国では選挙期間中、候補者が本人名義で加入した携帯電話番号から有権者の携帯電話にショートメッセージを送信し、支持を求めてもよいことになっている。国会議員の携帯電話番号が自身の携帯電話に残っていた人達が情報を共有し、国会議員の携帯電話番号リストが出来上がった。
これが瞬く間にSNSで広がり、市民らがセヌリ党議員らに対して「弾劾に反対するのはなぜか」と抗議する電話をかけたり、ショートメッセージを送信したりし始めた。韓国の新聞は、「未読メッセージ2000件」などと表示されたスマートフォンの画面を見て茫然とするセヌリ党議員らの写真を掲載した。市民の電話攻撃の威力はすさまじく、一部議員は携帯電話番号を変更するに至った。弾劾に反対する議員のリストがネット上で話題になって以降、セヌリ党の一部議員は弾劾に賛成すると公式に表明した。
特別検事がいよいよ登板
弾劾の行方はいよいよ憲法裁判所に委ねられた。憲法裁判所は12月10日から弾劾審理のための資料の検討に着手した。裁判官と研究員のほとんどが週末を返上して出勤した。
市民団体がチェ・スンシル氏を告発した10月4日から朴大統領のスキャンダルを捜査してきた検察特別捜査本部は12月11日で捜査を終了。12月12日からは特別検事チームがこれを引き継いだ。特別検事とは、捜査が公正に行われていないとみられる時に、与野党が合意して担当させる検事のこと。特別検事が捜査する対象や範囲には制限がない。
検察特別捜査本部は12月11日、今まで明るみになったチェ・スンシル氏とその知人らによる一連の国政介入について、朴大統領を共犯と位置付けた。案件は多岐にわたる。大統領秘書や中央官庁の次官らが大手企業に対して、チェ氏が設立を主導した財団への寄付を強制。大手企業に、特定人物の採用や特定企業との取引を強要。チェ氏に公務上の秘密を手渡し。これらのすべてにおいて朴大統領が深くかかわっていたと結論づけた。
検察特別捜査本部は、チェ氏の財団に大手企業が寄付したお金は朴大統領への賄賂だとみて捜査を続けたが、時間切れとなった。朴大統領に収賄罪を適用するかどうかは、特別検事が捜査する。特別検事は検察特別捜査本部から1トンを超える捜査記録と証拠を引き継いだ。
韓国人が望むのは「公正な社会」
政界では、憲法裁判所の判断を待つことなく、大統領選挙に向けた動きが始まった。国会が弾劾訴追案を可決した以上、世論に押されて憲法裁判所も弾劾を決定するしかない、と見ているのだろうか。
韓国ギャロップが12月9日、大統領候補として注目されている人物の支持率を調査し結果を公表した(回答者は全国の成人1012人)。これによると、ムン・ジェイン前民主党代表とバン・ギムン国連事務総長が20%で同率1位だった。ムン氏は前回の大統領選挙で48%を得票したものの落選した。
3位にはイ・ジェミョン城南市長が18%でつけた。同市長は、ラジオ番組や自身のSNSを通じて「朴大統領は暴力団のボスと変わらない。弾劾して身柄を拘束すべき」など連日過激な発言をしていることから韓国のトランプと呼ばれている。このような発言が、「サイダー発言」(炭酸を飲んだようにすっきりするという意味)として若者の間で人気を集めている。
その他、国民の党でかつて共同代表を務めたアン・チョルス氏が8%、アン・ヒジョン忠清南道知事が5%、パク・ウォンスンソウル市長が3%と続いた。バン事務総長を除けば、全て野党の有力者だ。セヌリ党支持者の65%はバン事務総長を支持、共に民主党支持者の44%はムン氏を支持した。支持政党なしと答えた人の24%はバン事務総長を、33%は野党候補を選んだ。
野党支持者の間で人気の高いムン氏は、12月10日に開かれたろうそく集会の場で、「ろうそく集会が目指すのは不平等、不公正、不正腐敗の3不を清算した大韓民国である」と発言。既得権者の腐敗をなくすために改革を断行し、公正な韓国を作っていこうと強調した。
同氏は、11月26日のろうそく集会で、「偽りの保守政治勢力を燃やしてしまおう」と発言している。保守陣営を「国家権力を私益追求の手段にして、経済を滅ぼし、安全保障を形骸化した。兵役の義務も果たさない。税金も払わない。偽装転入*する。不動産投機する。防衛産業で不正を犯す。規則違反と特権濫用は日常茶飯事」と批判した。
*:偽装転入は、名門校に子女を通わせるため、名門校の近くの住所を使った偽の転入届を提出する違法行為のこと。韓国は、中高の入試をなくし、自宅から近い学校に通う制度を採用している
イ・ジェミョン城南市長、アン・チョルス国民の党前共同代表、パク・ウォンスンソウル市長も、ろうそく集会やSNSなどで「既得権者の腐敗を根こそぎなくして公正な韓国を作ろう」と強調している。彼らの発言から、韓国人が今もっとも望んでいるのは「公正な社会」だということがわかる。
また野党側の大統領候補と目される人たちは共通して、「弾劾は始まりに過ぎない。公正な韓国を作れるか作れないか、これからが重要な時期になる」と強調する。大統領選挙が行われるまで、韓国の混乱はまだまだ続きそうだ。
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