韓国史上初めて青瓦台にまで迫る集会(新華社/アフロ)
韓国の国防部は11月14日、日韓の防衛情報を共有するための韓日軍事情報包括保護協定(GSOMIA)に仮署名したと発表した。同協定の目的は、日韓の間で軍事情報を共有して、北朝鮮の核とミサイルに対応することにある。
韓国のテレビ、新聞など全メディアは14日18時30分頃、速報として一斉に報道した。地上波放送SBSの速報によると、仮署名は韓国国防部東北アジア課長と日本防衛省調査課長が行った。これにより、軍事情報包括保護協定実務協議も終了したという。
韓国は今、朴槿恵大統領の去就を巡って、非常事態としか言いようがないほど国政が停滞し、混乱している。そんな中で国防部(韓国の「部」は日本の「省」にあたる)が、国内での十分な議論もないまま韓日軍事情報包括保護協定に仮署名した。日本との軍事協定をこのタイミングで、速戦即決で締結したのはなぜかと韓国で問題になっている。
青瓦台に至る韓国史上初の集会
11月12日、ソウル市光化門では3回目の朴槿恵大統領退陣を求める抗議集会が行われた。集まった人は年齢も職業もさまざまだった。子供を連れた家族や中高校生、全国各地の農民会や労働組合、大学の名前が書かれた旗を持ったグループなどが目に入った。ソウル市は集会に参加した中高校生らの安全を確保すべく、保健教師を現場に派遣した。
光化門から人があふれ、だいぶ離れた明洞辺りまで集会の行列が続いた。集会の参加者は、警察の推計では26万人。ただし、複数の韓国メディアがソウル市の地下鉄とバスの乗車データから推計したところ100万人を超える規模だった。
この日の集会は、韓国史上初めて、青瓦台(大統領官邸)の入口にあたる景福宮ロータリーまで行進できた。警察は当初、青瓦台周辺では集会を開催できないようにしていたが、ソウル行政裁判所が許可した。「多数の国民が自らの意思を表現するため集会に参加している以上、条件なく認めるのが(韓国が)民主主義国家であることを証明することになる」との理由だ。
12日は米国各地のコリアンタウンでも在米韓国人が集まり、朴大統領の退陣を求める集会を開いた。
集会が開かれた後の13日、朴大統領の友人であるチェ・スンシル一族の国政介入と不正腐敗を捜査する検察は、参考人として朴大統領にも取り調べを行うと発表した。チェ氏の不正を黙認したのか、不正を手助けするよう大統領府の秘書らに指示したのか、などが焦点になるという。大統領は起訴されない特権があるが、現役の大統領が検察の取り調べを受けたというだけでも政治的汚点になる。
共有情報は厳格に管理
軍事情報包括保護協定とは、国同士でお互いの軍事機密を提供し合うもの。戦術データ、暗号情報、システム統合技術などが対象になる。秘密は、第三国に流出しないよう厳格に守る。
日韓が合意した同協定の主な内容は、以下の3つである。
(1)情報提供当事者が書面で承認することなしに、第三国政府等に軍事秘密情報を公開しない。あらかじめ許可された目的以外の目的で使用しない。
(2)情報を閲覧する権限は、公務上必要で有効な国内法令によって許可を得た政府公務員に限る。
(3)情報を紛失または毀損した場合は、情報提供当時局に即時通知し、調査する。
拙速な交渉
韓国国防部は日本の防衛省と、2016年10月27日に交渉を再開した。11月9日に再度協議し、14日には仮署名をした。たった18日で協議を終えたことになる。国防部は仮署名する前の11日、同協定の内容を法制処(日本の内閣法制局に相当)で審査してもらうよう外交部に依頼し、仮署名後の手続きも準備していた。
国防部のハン・ミング長官は10月15日の記者会見で、「韓日軍事情報包括保護協定は国民の意見を反映して推進する。国民の支持、同意を待つ」との立場を表明していた。ところが、10月18~20日に行われた韓米外交国防長官会談後の10月27日に突然、同協定の交渉を再開すると発表した。もともと予定していた公聴会や世論調査を実施しないまま日本側と交渉をはじめ、仮署名を強行した。
国防部のムン・サンギュン報道官は11月11日の記者会見で、「安保・政治問題は歴史と分離すべきというのが国防部の原則。韓日軍事情報包括保護協定は安保のために必要な事項である」として説明した。これに対して韓国民の間では、仮署名が行われた14日以降も「納得がいかない」という声が大きくなっている。
「国防部は何か隠し事でもしているのか」
韓国の野党3党(共に民主党、国民の党、正義党)は、「大統領スキャンダルで国政が麻痺している最中に、軍事情報包括保護協定という大事な取り決めを国防部が即決で進めるとは何事だ」として日本との交渉を中断するよう国防部に求めていた。
韓国メディアも総じて「なぜ今でないといけないのか、なぜここまで急ぐのか」と疑問視する報道をしていた。
しかし国防部は、北朝鮮対策のためにとにかく締結しないといけないという立場を繰り返し、野党3党が反対する中で仮署名した。
一般市民の間でも、「大統領スキャンダルで国がこんな状態なのに韓日軍事情報包括保護協定を無理に急ぐのはなぜか? 国防部は何か隠し事でもしているのか」と疑問に思う声が上がっていた。「協定内容をより詳しく公開するまで締結してはならない」「交渉を中断すべきだ」と国防部を非難する向きもあった。
リアルメーター社が2016年10月に行った韓日軍事情報包括保護協定に関する世論調査では、締結賛成が15.8%、反対が47.9%という結果だった。政治的志向が保守派の人も進歩派の人も、どちらにおいても反対する意見が圧倒的に多かった。
レイムダックの朴大統領は裁可できるか
野党3党は国防部が国民の意見を無視して韓日軍事情報包括保護協定の仮署名をしたので、ハン・ミング国防長官の解任を国会で検討すると反発している。野党3党の代表は早速15日に集まり、ハン長官の辞任について話し合うことにした。
共に民主党のウ・サンホ院内代表は15日朝に党内会議を開き、「ハン長官の辞任を求めるのは特定の長官を辞めさせる目的ではなく韓日軍事情報包括保護協定を中断せよという意味である。民心を読めず一方通行で締結を強行したので国民の抵抗はもっと激しくなるという点を(国防部に)警告する」と発言した。
国民の党も15日朝に党内会議を開いた。同党のキム・ジュンロ議員は「朴槿恵政府は判断力を失った。この政府は国民と共に考えない安保は絶対成功しないということを忘れたようだ。この政府は国民と国会は眼中にないのか」と批判した。
国民の党のパク・ジウォン院内代表は、15日朝のラジオニュースに出演し、「野党3党でハン長官の弾劾を検討することにした。辞任ではすまない。大統領スキャンダルの最中に日本の自衛隊の世界進出を保証するようなことを決めてはならないからだ」。
仮署名は「仮」ではあるがその重みは本署名と変わらない。日韓両国はこれからそれぞれ国内での手続きを進める。韓国は国務会議で韓日軍事情報包括保護協定を議決。大統領の裁可を経て公式に韓日軍事情報包括保護協定締結となる。しかし退陣を求められている朴大統領による決裁に野党3党が必死で反対している。仮署名はしたものの、韓国内ではこれからさらなる反発が予想される。
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