2月1日、京畿道(「道」は日本の「県」に当たる行政単位)城南市のイ・ジェミョン市長と、与党セヌリ党のキム・ヨンナム議員の討論が韓国のラジオ番組で流れて大きな話題になった。城南市が新たに始めた福祉政策は地域住民に大歓迎されている一方で、セヌリ党と保健福祉部(省)に反対され続けている。この政策の何が問題なのかを討論する番組だった。
ソウル市から南へ車で1時間ほど離れたところにある城南市は、ソウル並みに人気の地域だ。中間層のベッドタウンとして人気の高いマンション街や、IT企業が集まるベンチャー街などがある。
同市は1月20日、全国で初めて青年に無条件で交付金「青年配当(青年交付金)」を支給することにした。青年の就職活動を応援するとともに、地域経済に貢献するのが目的である。「市が地元の若者に投資をした」と大いに話題になった。
対象は、1991年1月2日から1992年1月1日の間に生まれた24歳で、同市に3年以上居住した(住民登録が必要)人。1万1300人に上る。全員に一人当たり12万5000ウォン(約1万3000円)を支給する。支給するのは現金ではなく同市の小規模商店でしか使えない地域金券だ。
初日は開始から3時間の間に2000人が給付金を受け取った。1月25日時点で対象者の9割近くが受領したという。
交付金を受け取った青年らはSNSに記念写真を投稿。「12万5000ウォンで買いたかった本を買う」「就職できず親を心配させているので交付金を使って家族みんなで食事したい」「お正月(旧正月)の法事用の買い物をするときに金券を使って親孝行したい」など、交付金の使い道についての書き込みが続いた。
これに対し、全国の若者らが「羨ましい」とコメントを書き込んでいた。
朴槿恵大統領は「ポピュリズム」と批判
ただし、城南市の「青年配当」は予定通りに進んだわけではない。政府から反対され、当初予定していた金額(3カ月ごとに25万ウォン=約2.8万円)の半額しか支給することができなかった。
当初は3年以上城南市に居住した19~24歳に年間100万ウォン(約11万円)分の地域金券を支給する計画。手始めとして、2016年にまず24歳を対象に支給する目論見だった。
城南市は2015年10月に市議会で青年手当支給計画を定め、保健福祉部(部は省)に協力を求めていた。しかし保健福祉部と京畿道は、城南市が政府と事前に協議せず、正式な手続きを踏まないまま青年配当を支給したとして予算の執行停止を求めている。
朴槿恵大統領は2016年の新年演説で城南市の青年配当を「(4月の)選挙を控えた善心性政策(ポピュリズム)」と批判した。これに対してイ城南市長は自身のFacebookで、次のように反論し、政府と戦う姿勢を見せている。
「青年配当は市議会が認めたもので、2016年分として113億ウォン(約12億円)の予算を確保した。地域住民の税金を節約して地域に還元するのがなぜダメなのか理解できない」
「自治体の予算はいつだって足りない。限られた予算をどこに使うかは哲学と意志の問題である。自治体の福祉政策を中央政府が反対するのは地方自治を棄損する越権行為である」
金券がネット上で売買された
2月1日のラジオ番組で、セヌリ党のキム議員は「アルゼンチンはポピュリズムで財政破綻した。ギリシャもそうだ。(青年配当は)持続可能な福祉政策ではない」「他の自治体もポピュリズム政策に追随することが懸念される」と主張した。
イ市長は次のように反撃した。
「福祉とはただでものを配ったり、恵んだりすることではない。憲法は、福祉拡大は国家の義務であり国民の権利と定めている。福祉を拡大すると国民が怠ける、国がつぶれるというが、ヨーロッパはつぶれたか」
「国民に福祉を拡大すると公約したのはセヌリ党と朴槿恵大統領である。城南市は市の借金を返済し、福祉公約も守っている。朴大統領は公約も守らないのに政府の借金を68兆ウォンに増やした」
「(セヌリ党は城南市を)嫉妬しているとしか思えない。政府も税金管理をしっかりしてほしい。極端な例をあげると、政府は朴槿恵大統領の父親である朴正煕元大統領を記念する事業に1900億ウォンを使っている。それをやめれば青年向けに予算を使うことができる」
さらに、キム議員は「城南市が発行した地域金券がインターネット上で安値で売買されている。青年配当の予算は目的通りに使われていない」と攻撃。イ市長は「地域金券は地域内でしか使えないので、個人間で売買されたとしても地域経済に貢献することに変わりはない。今後は売買できないよう電子商品券を支給する」と答えた。
同じく2月1日、イ市長は記者会見で、政府の「工事原価ガイドライン」を拒否する方針を明らかにした。イ市長は市場単価より高く設定された政府のガイドラインを守れば、建設事業者だけが得をするし、予算の浪費につながると主張した。イ市長は「政府は『財源確保が難しい』『持続的福祉ではない』として城南市の福祉政策に反対しておきながら、税金を浪費するよう強要している。市民の血税は工事ではなく住民福祉に使うべき」とも主張した。
ソウル市は就活する優秀な若者を選抜して支援
城南市と同様、福祉を拡大したことで政府と対立している自治体にソウル市がある。
ソウル市は「青年活動支援手当」を新設した。交付金を支給する対象は、ソウル市に住む19~29歳の未就職の青年で、所得が中位所得(家計を所得の多寡を基準にして並べた時に、真ん中に当たる家計の所得) の60%に満たない低所得層。青年が提出する就職活動計画書をソウル市が検討し、認められた人に活動費として一人当り月50万ウォン(約5.5万円)を最大6カ月間支給する。いわば就活計画をソウル市に提出し、それが認められれば支給される手当である。2016年5月から3000人を募集する計画だ。
ソウル市の青年活動支援手当に対しても保健福祉部は反対の立場を示している。しかしソウル市は、条件のない支給ではなく公募事業なので保健福祉部の許可は必要ないと主張している。
「悪魔のささやき」か、反対党の嫌がらせか
与党セヌリ党のキム・ムソン代表は国会で、城南市の青年配当とソウル市の青年活動支援手当を「悪魔のささやき、毒のような政策だ」と批判した。ソウル市のパク・ウォンスン市長はSNSで「悪魔の目には悪魔しか見えない」と反発。城南市のイ市長もSNSで「福祉公約を守る私が悪魔なら、福祉の向上を公約して票を獲得しておきながら(公約を)破棄した朴槿恵大統領とセヌリ党は悪魔の王、サタンかな」とコメントした。
インターネット掲示板や記事のコメント欄には、2人の市長とセヌリ党のそれぞれを支持・擁護する書き込みが後を絶たない。
「城南市長とソウル市長は野党のドブロ民主党の党員であるため、セヌリ党の嫌がらせに遭っている。他の予算を節約して福祉政策を拡大して何が悪い」
「4月の選挙を前に自分の人気のために税金を使う政治家はいなくなるべき」
10~20年と持続させることができない福祉なら最初からしない方がいいのか、まずはできることからやってみるのがいいのか、福祉政策をめぐる世論の対立は深まるばかりである。
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