国連事務総長を退任し、韓国に帰国したバン・ギムン氏(写真:Lee Jae-Won/アフロ)
憲法裁判所で朴槿恵大統領の弾劾審理が続いている最中、韓国は既に次の大統領を誰にすべきなのかで盛り上がっている。
現在有力な候補は二人。一人は保守派の代表である潘基文(バン・ギムン)前国連事務総長、もう一人は進歩派の代表、ムン・ジェイン前「共に民主党」代表だ。韓国の大統領選挙は毎回、保守派候補と進歩派候補の競争になる。
ムン氏は2012年末に行われた大統領選挙にも進歩派の代表として出馬し、朴大統領と票を争った。韓国中央選挙管理委員会の報告によると、2012年大統領選挙の得票率は朴氏が51.55%、ムン氏が48.02%だった。シニア層は朴氏を支持、若い層はムン氏を支持する傾向が強かった。
バン前国連事務総長が事実上出馬宣言
バン氏は、海外メディアから厳しい評価を受けることもあったが、韓国では韓国人初の国連事務総長として尊敬されてきた。その生涯をライターが取材して2007年出版した本『バカのように勉強し、天才のように夢見よう』が青少年必読書になるほどにヒット。生まれ育った忠清北道陰城郡の生家周辺は、自治体が予算を投じて「バン・ギムン平和ランド」として生まれ変わった。バン氏の大統領出馬説が出始めた2016年下半期以降に実施された複数の世論調査を見ると、全国の50代以上が主な支持層である。
バン氏は国連事務総長の任期を終えて1月12日、韓国に帰国した。当日、仁川空港にバン氏の支持者らが大勢集まり花束を贈呈して名前を連呼。その前でバン氏は出馬宣言とも言える演説をし、記者会見にも応じた。
演説では、以下のように述べた。
「私は国連事務総長として、人類の平和と弱者の保護、貧しい国の開発、気候変動への対処、男女平等のために10年間一生懸命努力しました。成功した国はなぜ成功できたのか、失敗した国はなぜ失敗したのかを近くで見守りました。指導者の失敗が民生を破たんに追い込むのも見ました」
「(韓国)経済は活力を失い、社会は不条理と不正で汚れてしまいました。富の格差、理念や世代間の葛藤を終えるべきです。国民の大統合を成し遂げるべきです。これ以上は覇権と既得権を見過ごせません。(韓国)社会の指導者全員に責任があります。これからは責任感、他人への思いやり、犠牲の精神が必要です」
「多くの方に『大統領になる意志』はあるのかと聞かれました。『大統領になる意志』が『分裂した国を一つに束ねて世界の一流国家にするために努力する』という意味なら、私は明白に覚悟ができていると言えます。一方、『どんな手段を使ってでも政権を手に入れる、権力を手に入れる』のが『大統領になる意志』なら、私にそれはありません。誰が政権を握るのかは重要ではありません。政権交代ではなく政治交代を成し遂げるべきです」
バン氏が主張する「政治交代」は、2012年の大統領選挙で朴槿恵氏も使っていた表現で、斬新なものとは言えない。それどころか、「既存の政治家とは違う」ことをアピールすべく政党には入らないと強調してきたバン氏が、実はセヌリ党と深い関係にあると思わせる結果になった。
世渡り上手の「油うなぎ」との批判高まる
バン氏は演説後の記者会見で、旧日本軍慰安婦問題に関する日韓合意についての質問に答えた。「究極の完璧な合意は、慰安婦だったおばあさん達の恨を消し去るほどのものでなければならない」と話した。
国連事務総長を退任し、韓国に帰国したバン・ギムン氏(写真:Lee Jae-Won/アフロ)
バン氏は日韓合意について2016年の新年、「大統領がビジョンをもって正しい勇断をしました。歴史が朴大統領を高く評価するでしょう」と朴大統領を絶賛する発言をしていた。大統領選挙出馬を決めて以降に、これとは真逆の意見を表明したことから、韓国の進歩派メディアは「バン氏は状況に応じて話をころころ変えて自分の身を守る『油うなぎ』だ」と批判する記事を掲載した。油うなぎとは、油を塗ったうなぎのように、やっかいなことをすりぬけていく世渡り上手という意味だ。
記者会見が終わると、バン氏は帰国初日にもかかわらず、市民と触れ合いたいとして仁川空港からソウル駅までクルマではなく空港鉄道で移動した。その途上でバン氏を一目見ようと集まった見物客、取材陣、警備員、支持者らが入り乱れ、大混乱が発生する一幕もあった。
ムン氏の発言は一貫
一方、ムン氏は慰安婦問題をめぐる日韓合意について、一貫して「受け入れられない合意。再交渉すべき」との意見を表明してきた。1月11日にも元慰安婦の墓地に墓参りをし、以下の発言をした。
「慰安婦問題に関して日韓が新しい合意をすべきである。朴大統領が権力を不正に振り回していた最中になされた合意において、日本は10億円を拠出しただけで公式な謝罪はなかった。慰安婦だったおばあさん達の問題の核心は、日本が法的責任を認め公式謝罪すること。それしかない」
「(少女像をめぐる問題に関しても)日韓の間に裏合意があったのではないか。だから、韓国政府は日韓合意の内容を国民に堂々と明かせないのではないか。国民をだましているのではないかと疑ってしまう。(韓国)政府は日韓合意の内容を国民に明かすべきだ。合意内容に関して日韓両国の説明が異なっている」
支持率調査ではムン氏が優勢
韓国のメディアの間で、「バン氏は国連事務総長の任期が終わってすぐ、韓国大統領選挙に出ていいのか」との疑問を報じる記事もちらほら出てきた。国連の決議11 (I) Terms of Appointment of the Secretary Generalの(b)項に違反するのではというのだ。同項は「国連事務総長は各国の秘密情報を得られる立場。このため、どの国も、退任直後の事務総長にgovernmental positionを提示せず、事務総長自身も政府の要職は遠慮するのが望ましい」とうたっている。バン氏はこういう疑問は気にしていないようだ。
韓国ギャロップが1月13日公表した最新の世論調査(1月10~12日に実施。全国成人1007人が回答)では、ムン氏の支持率は前月の調査より11%ポイント上昇して31%、バン氏の支持率は20%だった。複数の候補に分散していた進歩派に対する支持票がムン氏に集中し始めたという。
「ムン氏とバン氏のどちらに投票するか」という質問では、ムン氏が53%と過半数を獲得した。これに対して韓国ギャロップは、バン氏が帰国する前日から当日にかけて行われた調査なので、バン氏の帰国効果(バン氏の支持率反騰)はまだ反映されていないと分析した。
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