そもそも離婚裁判とは親権や財産を争うものが一般的じゃないのか。もともとほぼ自分のお金で、自分で手にした財産。それを渡さずに済んだ。目出度いことではないか。そりゃ万歳もしたくなるだろう。それはまるで「自分が産んだ子。その子の親権を取れました。勝利です」と喜ぶ女性と何が違うのだろう。

 「夫側は最初から財産分与を望んでいないじゃないか」という問いも、「発言に制限がある」という言葉でおよそ察しがつかないか。

で、ギャラは?

 夫婦間の事情や双方のタレントイメージとしての事情も孕む。いずれにせよ、すべてを語れない事情がある。が、一番大事な財産を守れたと喜ぶ女性に世間は、あるいは、タレント達はなぜ嫌悪を隠そうとしないのか。

 私はそこに、もはや松居一代氏の放つ価値観への反応というより、関西人の持つ「カネの話を隠そうとしない」価値観への嫌悪があるのではないかと感じる。世間は松居氏を理解しないのではない。関西の価値観は全国では拒絶されるのだ、と私は自分のこととして合点がいった瞬間だった。

 東京からいただく仕事の場合、取材料にせよ出演料にせよお金の話を相手側から口にしないケースがよくある。

 「引き受けるからギャラはまかせたよ」的な粋さを相手は私に求めているのだなと察する。あるいは「仕事やるからそれだけでも有難く思え」的力関係が働いてのことかもしれない。が、私は関西人なので単刀直入に「で、ギャラは?」と聞き、相手が絶句する、引く、というのは今でもフツーにある。

 "カネは大事"ときっと皆も思っているのだろうけど、それを口にすることはとても下品なこと、といった"価値観"で世間は動いているようだ。

 関西では一昔前なら「儲かってまっか?」が「こんにちは」を代替する挨拶だった。

 笑顔で相手の懐具合を聞ける文化圏出身の私には、「宵越しのカネはもたねぇ」的関東文化を粋だなとは思うけれど、「儲かってまっか」も愛おしいものとしてある。