また、ある番組では、ベテランタレントが私の楽屋にやってきて、私の発言がなっていないと叱り始めた。「なぜもっと私の話し方から学ばないのか」とも責めた。

 大変残念なことに、このタレントから“学ぶ”べきところがどうしても思いつかない。そもそも、自由業者の寄せ集めの芸能界において、自らの発言は自ら責任を取るべきもので、他の第三者の要求を組み込んで喋る、そんな芸当は私はできなかった。

 仮に平等に喋ったところで、編集でずたずたに不平等にされるのが番組だ。
 つまりはそのタレントは私に「自分に従え」と言いにきたわけだ。

 私はその場では喧嘩せず、解決をスタッフに投げた。
 「私には自由に喋る権利がある。それを保証してくれ。誰かの機嫌を取りながら発言することはできない。局として、番組の方向性がそうなっていると主張してほしい」と懇願した。

 が、局の回答は、「できない」だった。
 「なぜ?」「そのタレントが降りてしまうからです」
 「わかりました。では、私が降ります」
 で、また、番組を降りた。

弱者を守る仕組みは頼れるか?

 かように、ストーカー行為も、パワハラ行為も、イジメ行為も、全部に通底しているのが、そこにある“権力”だ。

 「俺は権力者だ」と主張するために繰り返され、あるいは、「で、私の言うことを聞くの? 聞かないの?」と、従属を求められる。それがストーカー、パワハラ、イジメなのだ。

 残念なことに、芸能界には第三者委員会もないし、告発できる上部構造もない。ネットで訴えたところで意味もない。現実の選択肢は、「その仕事を続けるか、辞めるか」だけだ。

 テレビ局について言えば、一応、コンプライアンス部とか、危機管理の部署や役職を作ってはいる。が、そこに現場トラブルの解決を願ったところで、彼らはすでに権力の動向に従属して働いている以上、“元上司”とか、“ベテランタレント”とかいう曖昧な権力の臭いが漂うだけで、保身に走って口を閉ざす。

 労働者を守るための部署や役職などは、実害の前にはただのハリボテの大道具に過ぎない。
 これはおそらく芸能界のみならず、一般企業でもそうではなかろうか。

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