ご相談
配偶者控除のこのたびの改正、これで女性は活躍できますか?(30代女性)
遙から
配偶者控除が、103万円の壁から150万円の壁に引き上げられた。ただし夫の年収が1000万円以上の収入によって細かく条件つきで。控除額も数十万から数万円に極端に引き下げられる。
はて。得なのか。損なのか。働く主婦には判定がつきにくい。まわりを見渡してみる。妻がパートで働いている夫が月給を100万円もらっているカップルがどれほどいるか。
その壁は本物か
私の周りの現実は妻がパートで必死なところは、夫も低賃金で必死。互いに必死で生きている。また、夫の月収が100万円を超える経済力の妻は、私の見るところ、パートでレジ打ちしていない。
控除額がもたらすお得感でバランスをとっていた夫婦は、今回の改正で働く意欲が増すだろうか。壁があるからそこで収入を抑えるのではない。どうせそう稼げないのなら最もお得なラインで働きましょう、が、その判断ではなかったのか。
壁が150万円になったから、もっと働くぞ、となるとは私には思えない。150万円まで働いたところで、これまでのような得な控除額にはならない。なら、働く意欲そのものを失わないか。そっちのほうが心配だ。
もともと、夫が高額収入なら妻はよほど自立心旺盛なタイプかキャリア組じゃないと働かない。もっと稼げるマーケットがそこにあるなら、女性は控除額や夫の収入など関係なしに我が儲けとばかりに働くだろう。
女性の活躍を阻害しているのは、壁、なんかじゃない。その先に待つ、うま味のなさ、だ。
一日5時間労働を8時間労働にしたところで、数万円増えて、結果、数万円の控除がなくなる。この、どこに、働くモチベーションアップの仕掛けがあるというのか。
女性でも年収1000万円以上が普通に狙える経済構造なら、女性はパートにしがみつくだろうか。
それが不可能と見た女性の中には、年収1000万円以上の夫確保へとそのエネルギーを費やす者もいる。いまだ結婚マーケットは女性の経済力の代替案として活気づいている。
そうして幸せな生活を手に入れる人もいる。しかし、なんだかおかしなことになっている人もいるようだ。
そんなことを思わせる“富裕層”の主婦たちと出会った。
フィットネスクラブにて
それは、とあるホテルの中にある、高額会員制フィットネスクラブという場所だった。
女性フロアで交わされている会話は、宿泊客として割安料金で利用している私を辟易とさせる。
豪奢なドアを開ける前から、ドア越しに聞こえてくる大きな声。
「このバッグ、1万円のを8千円で買えるの!買わない!?」
「きゃー。いいじゃない」
「領収書も出せるわよ」
「いらない。いらない。領収書なんて!」
・・・高級感と上質な空気を台無しにする、たたき売りトークの裏に見える虚栄心。
平日の日中、高級フィットネスクラブに来れるほどの経済力のある妻たちトーク。だが、2000円の安さを声高に売るほうも、買うほうも、とうてい“富裕層”とはほど遠い。そもそも、フィットネスクラブは売買の場ではないし。
「領収書も出せる」とは、「経費で落とせる」発想で、「いらない!」は、「そういう会計はしていませんから、うちは」という見栄。
「〇〇百貨店の外商は入っている?」
「〇〇百貨店は、入ってないわ」
そんな会話からは「我々はわざわざ百貨店に買い物に行く層ではなく、外商を呼ぶクラスよね」という互いの認証があり、「〇〇百貨店は入ってないわ」というエクスキューズは、ほかの百貨店の外商の出入りをにおわせる。
が、もし本当に入っていれば、「〇〇は入ってないわ。私は△△百貨店専門なの」くらいは言いそうな流れだが、そこに言及しない主婦のところにはおそらくどこの外商も来ていないと推察されるが、そんな駆け引きもコミコミで会話は続く。
雑誌で新聞で
私は雑誌で顔を隠しながら薄暗いリラクゼーションルームで、沈鬱な気分でその女性たちの声高なフロア中に広がる、いや、あえて広めている自慢、特権意識に、耐える。
が、そういう女性たちの一人がリラクゼーションルームに入ってきた。そして薄暗い中でもわざわざ雑誌と私の顔の隙間の空間からのぞき込む。挨拶から始め、何かの会話をしようとし、私を品定めする。私は挨拶の段階から無視する。
翌日のリラクゼーションルームでは、新聞紙で顔を隠した。だが、別の女性がのぞきにくる。
それは私が遙洋子だからではない。自分たちのテリトリーに、会員ではない"誰か"が来た。仲間にするか否かの品定めが始まったのだ。新聞という広く大きな紙で顔をおおっても、その隙間から挨拶を装って品定めに来る。それを防御しようと、私はわざと新聞紙を両面に大きく開いて、その女性との間に紙の壁を作り遮蔽した。
高級会員制フィットネスクラブは、ラグジュアリーな空間と充実した施設にふさわしい、リラックスできるスペースであってほしいと願うばかりだが、現実は何とも滑稽なことになっている。
ある日、私が遙洋子だと気づいた女性がいた。取って返した女性がそのことをお仲間に告げると、まず「騒ぐ人」が現れ、続いて「挑む人」が現れた。
騒ぐタイプは配慮なく騒ぎ、騒げば騒ぐほど、今まで自分が主だと自認していた女性は、陣地争いのライバルが現れたとでも言わんばかりにこちらにちょっかいを出してくる。
こちらはただただゆったり過ごしたいだけなのだが、そういう気配は残念ながら感じ取っていただけない。
サウナの主
このときは唐突に「サウナの入り方」についてまくし立てられた。
公衆浴場で時たま出会う、サウナ牢名主のような女性が、高級フィットネスクラブにもいた。
「ここのサウナはこう入れ」と一方的に命令することで、このサウナの主が誰であるかを示そうと意気込んでいる様子だが、ええと、私、このサウナを我が物にしようという野望など、つゆほどももっていないのですけれど。
私がサウナを出て、身体を拭いている間も、そのご婦人は「2000円安い!」と、バッグを売りにフロアを歩き回っている。
そんな騒々しいフロアの中で、一角だけかろうじて静けさを保っているスペースがあった。海外からの宿泊客が、公共の場らしく静かに語り合い、お行儀よく過ごしている。攻め込むはずの「バッグ売りの熟女」は、どうやら英語は得意ではないらしい。
海外のホテルでもフィットネス施設やサウナを利用してきたが、新聞で顔を隠すわずかな空間にまで顔を突っ込み、相手の品定めをするような行為をされた経験はない。「サウナは私のように入れ」と命令されたことも、バッグを売りつけられそうになったこともない。
大丈夫か、日本の高級フィットネス&サウナ。
もちろん、この「サウナ体験」で日本の問題点を語り尽くそうなどとは思わないが、私の頭の中には勝手な「サウナ妄想」がわいてきた。
…そのご婦人は、若かりし頃、外で頑張って働いてもたいした収入にならないという壁に直面した。そして経済力のある夫を掴まえるべく多大なエネルギーを費やし、見事にゲットした。昼下がりのサウナは彼女にとって“虚栄心の砦”だ。しかし、サウナの独占は難しい。同じく夫選びで成功を勝ち取った女性たちもやってくる。自分の居所がなくなるのは困るが、お仲間同士、一緒になって砦を占拠するのも悪くない。見栄の張り合いは少々面倒だが、そこは割り切ってやりすごす。問題は余所者の侵入だ。我々成功女性の砦を守るのに"いつもは見ない顔"のチェックは欠かせない…。
…だから私は新聞を剥がされ、サウナの入り方を説教されることになったのか…。
立ちはだかったのは
サウナ妄想は続く。では、どうすれば新聞を剥がされずに済むのか。
サウナ妄想のそもそもに立ち返ってみる。彼女は「外で頑張って働いても大した収入にならないという壁」に直面した。
改めて、間違ってはいけないのは、彼女の前に立ちはだかったのは「103万円の壁」でも「150万円の壁」でもない。「女性が活躍できる仕組みが整っていない」という壁であったということだ。