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 いい歳した大人が、いや中高年が何がベルサイユ宮殿か。ミッキーハウスか。
 哀しさは、両者ともそれの“似合わなさ”にある。

 どちらもお金持ちのはずなのだけど、そこから見えるものは、“お金持ちへの憧れ”だ。
 つまり、仮に100億円持っていても彼らはお金持ちではない、というのが私の結論だ。

 ベルサイユ宮殿で結婚式をしたい、という願望や、ミッキーマウスの家に住みたい、という願望は、裏返せば、その動機になんらかのコンプレックスがあると想像する。根底には“見せびらかしたい”思いがあり、その虚栄心の暴走が、カネと共に膨れ上がり、そのカネが違法かつ無限に供給されるものだから、ブレーキがかからなくなり、やがて、とうとう悪事の発覚へと繋がる。

尽きないカネが迷路へ誘う

 ゴーン氏について言えば、世界各地に高級マンションがある。が、身体はひとつだ。止まらなくなった高級マンション買いと、事務女性の、止まらなくなったルイヴィトン買い、うん、似ている。

 高級マンションも、ブランドバッグも、多くて2~3個あれば充分だ。
 ミッキーマウスだって、2~3個あれば充分な癒しになろう。

 しかし、爆買いを続けることで、やがて感動は新鮮味を失い、マリー・アントワネットやルイ16世になってみたい願望や、ミッキーマウスを私物化できるがごとき存在、になってみたい願望へと膨らんでいく。もう、この段階では両者共にお金の使い道の迷路にはまっている状況だ。

 私の職場である芸能界には、経済的な苦労を経て成功した人が少なくない。ああこの人はコンプレックスがあるのだなぁ、と知る一面として、共通しているのが“止まらないブランド買い”だ。全身をブランドもので揃える人や、クローゼットに入りきらずリビングに無造作に転がるエルメスのバッグなど、単純な疑問として「なぜ、そこまで買うの?」といつも思ってきた。

 人の性分として、ありすぎると大事にしなくなる。
 エルメスのバッグたった一個をやっとの思いで手に入れたなら、神棚や仏壇にも飾ろう。指紋がつく! と、他人には触らせたくもなかろう。