誰がどの時点で注文を間違えたのかの責任問題になりかねない。

 ベテランというのは、選択の余地なくそういう立場になってしまう。

 誰もその間違いの責任を取らなくていいよう、私はホットコーヒーを頂くことにした。が、私がアイスを注文しているのを知っている後輩が後ろの席でメイクをしていた。

 後輩は、怪訝な顔をして私に聞く。

 「遙さん頼んだの、アイスコーヒーちゃいますん!?」
 「うん。でも、いいねん。冷めるまで待つから」
 「なんで言わないんですか」
 「誰かが私に謝らねばならないやろ」

 それを耳にしたメイクさんが、気を遣って言う。

 「私が、廊下に準備された飲み物コーナーからアイスコーヒーを紙コップに入れて持ってきましょうか?」
 「いいえ。けっこうですよ。有難う」

 そうやってメイクを続けると、後輩が叫んだ。

 「誰か、スタッフさんいますか!」

 タレントから呼ばれたスタッフは何事かと走ってメイク室に来た。

 後輩が言う。

 「遙さん、アイスコーヒー頼んだのに、ホットが来たんです!」
 「ええっ。急いで喫茶部に言います!」

嗚呼「コーヒー事件」

 ・・・やめてほしかった。まず、入口の楽屋番の女性が自分のミスではなかろうかと凹むだろう。やがて、喫茶部も、とんだ間違いをいたしましたとまた違うフロアまで上がってきて詫びるだろう。そして、プロデューサーが出てきて、「とんだ失態を」と私に詫びるだろう。大勢の人間が私に詫びるだろう。

 それを生み出す関係を、権力、というのだ。

 それが好きなタレントもいる。が、私はそういうのが苦手なのだ。

 「いいねん! 私はこのホットが冷めるまで待つ!」と叫んだ。