それ以降、何度も仕事をいただき、そのたびに社長と社員たちに上質のお店で接待してもらった。「社長」と言われても「へ? あなたが?」と思ってしまうくらい、肩の力の抜けたフツーの男性が、企業を率いる人であることを会う度に不思議に眺めた。社長は私のことをお嬢様かお姫様を扱うように接してくれた。

 あるとき私にコラーゲンを扱う会社のCMが来た。講演でお世話になっている企業も、たしかコラーゲンを扱っているはず。契約をしているわけではないが、さすがに他社のCMに出ることはやましく、思い切って正直に「他社のCMに出ます。すみません」と詫びることにした。すると社長の答えは「遙さんがもっともっと世に出てくれたら僕はこの女性と知り合いなんだと自慢する。気にせずCMに出演なさってください」とお答えをいただいた。

 CMに出た後に、社長はまた仕事をくれた。コラーゲンをお客様に広めるイベントなのに、社長は「うちの商品はステージで宣伝してくれなくていいですからね」と本番前に私に言った。「意味がわからん。企業がイベントでタレントを呼べば、ガッツリ宣伝してくれ、が、フツーだ。宣伝しなくていいと言う社長とは……」

 やがて、それらすべての理由を1冊の本で知ることになる。「せっかくタレントを呼んでいるのだから、利用できるだけ利用しようぜ」的なよくある扱いを一切せず、最初からずっと紳士的に接してくれる企業は、戦前から続く歴史を持っていた。なんと、コラーゲンどころかゼラチン業界では世界シェア4位を誇る上場企業だったのだ。「私、ここのコラーゲンの愛用者です」と繰り返し言わせる会社とは雲泥の規模なのだ。

本物はとっても地味だった

 社長は会長になり、その後に会長を引退する時に至っても、グレーのスーツのまま、決して彼が世界シェア4位の企業のリーダーとは見えないだろう力の抜け具合だった。「きっとこれが本物なんだろうなぁ」と、この真実を、派手な遊びっぷりの男に惚れがちな女優に教えてあげたい衝動にかられた。

 本物は地味だった。
 居酒屋で浮かれるのもグレーのスーツ。もめたら即会社の後ろに逃げ込むのもグレーのスーツ。だが、本物のリーダーもまたグレーのスーツだった。

 よく通る声で全身からエネルギーを発散するビジネスマンもいるが、私の見た本物は引退する直前まであくまで静かなグレーのスーツ姿だった。

 引退時、挨拶に上がった私に「人生を思いっきり働いた」と爽やかに語った。そして「ずるずると会社に残らずきっぱり辞める。相談役とかやりだしたら僕はいったいいつ辞めるの? もう次の社長は選んだ。社長のする一番の大仕事は、次期社長を選ぶことだ」と言った。