瞬時に「勘弁してくれ」と(心で)叫んだが、担当者の電話口での語りの丁寧さや朴とつな人柄に、ついOKをしてしまった。「失敗したかな」という思いもあったが、お誘いいただいたのは一流店で、それは「あなたのことを大事にします」という意志表明でもあり、うかがうことにした。

 いや、招くからには一流店でお金を使え、と言っているのではない。たとえば、居酒屋やカラオケだって悪いわけではない。だが、それをされたら「我々もネクタイ緩めて楽しみたい」という腹が見える。うっかりすると酒を注ぐハメになる。一流店になると「あなたのために選びました」という意味あいがある。

 行くと、電話に出た朴とつな社員と、社長がいた。
 グレーのスーツだった。
 どこから見ても、「我々は企業人です」という制服を着た2人が待っていた。

 上質な店で上質な料理をいただきながら、私は“大切にしてもらっている”と実感した。グレーのスーツの社長を眺めて「次会っても顔を覚えていられないだろうなぁ」と漠然と思っていた。静かで上品な会食となった。

最後まで出なかった“アレ”

 講演会場はその企業の会議室だった。
 その前に「ぜひお茶を」と、応接室で蓋つきのこれまた上品なお茶をいただいた。
 講演後は「ぜひコーヒーを」とお洒落なティーカップが登場した。

 最後までペットボトルは出なかった。
 ひとつの仕事の前後に徹底した丁寧さがあった。

 そして「工場を見学してお帰りになりませんか?」と聞かれ、内心、「めんどくさっ」と思ったが、ええいままよと見学することにした。どれもこれも私の例外中の例外だった。

 本来は講演30分前に現地入り、打ち合わせ、会食等は一切しない、主催者とのお茶は15分のみ、あとは退室を願い、講演直後には現地を飛び出す、という働き方をしていたからだ。

 「それにしたって、工場見学って……」とその企業の丁寧すぎる案内にうっかり乗り続ける自分に驚きつつ、工場を見て、社員の方から健康的な笑顔で歓迎された。そうこうしているうちに、その企業の「顔」がだんだん見えてきた。おそらくだが、会社内の風通しがいい。小ずるさがなく、素直。あえて言えば企業というより学校のような雰囲気だった。