挨拶、で、その人物の背景がよく見える。
楽屋にいると、来られる挨拶はけっこう面倒なものだ。衣装に着替えるために素っ裸になった瞬間、たいていノックがあり、「ご挨拶に来ました」という。
慌てて服を着て扉を開け、いったい誰を待たせたのか「すみません!」と大声で来てくれた人を探す。
あるいは、ちょうどつけまつげのノリが乾く直前、このタイミング、という時に「ご挨拶です」と来られる。途中の化粧でする挨拶、特に、まゆげを一本しか描いていない時に来られる挨拶ほど辛いものはない。だから私は、来ていただく方を拒絶はしないが、心の奥では来られないほうが楽だ、という本音も抱えている。
来るほうも、若いタレントはマネージャーに"連れられて"来る。
それはしっかりしたプロダクションほど、先輩にはご挨拶をという方針を徹底しているからだ。それをまさしく現場で教え込んでいる。
あるいは、「ひとつよろしく」の袖の下バージョン。いただくものはクッキー三枚でも全部嬉しい。が、これも別になくても本番でのトークになんらかの影響があるというわけでもない。
「大人」がいない
また、リップクリームを塗りながら、階段の上から、階下の先輩である私にとがらせた口で「おはよーございまふ」といった天然系の挨拶をするタレントもいる。
本来なら、あくまで、本来ならだが、挨拶というものは先輩に上からするものではない。まして、〇〇しながら、するものでもない。が、もうそういう時代でもない。もうどうでもいい。なんだっていい。ただ、先輩として心配なのは、教えてくれる周りの大人がいない中で育つそういうタレントの行く末だ。
20代なんてまだ子供だ。教えてくれるちゃんとした大人が、特に、芸能界でいないということはそのタレントの未来の暗雲を感じさせた。そのタレントはもういない。