ご相談
自宅の最寄りの駅近くにあるビルの一角がずっと気になっています。ころころテナントが変わるのです。数カ月前にオープンしたレストランも、ふと気づけば閉店のお知らせが…。立派なビルなのに、何だか不思議です。(20代女性)
遙から
地方の大型ホテルに数日間、滞在した。隠れ家のような、こぢんまりとした宿という選択肢もあったが、私の場合、そうした情緒を味わう宿は一泊で堪能するのがちょうどよく、連泊するより、また別の宿を楽しみたくなる。今回は転々と宿を変えず、そこそこ飽きずに滞在できそうな大型ホテルを選んでみた。
温泉があり、温水プールもあり、フィットネス施設もあり、食事は朝夜バイキングが充実しているというから、私の滞在はそれなりの合格点になるはずだった。
だが、すぐにいくつかの小さなストレスに出合うことになる。
予兆はあった。まず予約時に「最寄りの駅までバスで迎えに参ります」との案内があったので、到着時刻が決まってから改めて連絡すると、あいにくその時間は迎えのバスが用意できないという。話が違うじゃないかと思いつつ、直前のことでもあり、まあ仕方がないかと、タクシーで向かうことにした。振り返れば、小さなストレスその1だ。
駅の周りは繁華街で、なかなか良さそうなお店もあるなと目星を付けてみたものの、宿までタクシーで行ってみると数千円かかった。ということはつまり、食事のためにホテルと駅とをタクシーで往復すると、移動費の方が食事より高くつきそうだ。まあでもホテルの「充実のバイキング」があるし。
翌朝の館内レストランには、和食と洋食のバイキング料理が用意されていた。どれもまあまあというか、一般的で、ごく普通で、「充実の」というより「充分な」くらいの感じじゃないかと思いつつ食事を終えた。
そして私は、二日目にしてこのバイキング料理に飽きてしまった。
何を食べれば…
三日目。バイキング会場でお馴染みの銀の大蓋を開ける。今日も焦げ目のないベーコンがいる。そっと蓋を閉じる。隣の蓋を開ける。今日も焼いたのか煮たのかわからないソーセージが。そっと蓋を閉じる。
目玉焼きは今日もしっかり熱が行き渡り、すっかり固くなった黄身がこちらをじっと見ている。山盛りのキャベツは何だか細かく切り過ぎじゃないかと思ったのだが、最近の流行なのだろうか。
地元の新鮮な食材!みたいなものがあったらいいのになあ、という願いはかなわず、ふと頭に浮かんだのは、ごく普通の喫茶店で出してくれるモーニングセットだった。嗚呼、焼きたてトーストのバターの香りが恋しい…。
自分の順応性のなさを嘆きつつ、「さて、これから何を食べて過ごそうか」というストレスがまた1つ。
レストランを見渡すと、10人くらいの客がバイキングを食し、もう終了間近だというのに、ほとんどの食材が大皿に残されていた。ああ、もったいない…。ああ、またいらぬストレスが…。
バイキング以外に夜は鍋料理などもあるのだが、こちらはぐんと高額になる。まあ、ホテルのしっかりした食事が割高なのは仕方がないと、ちょっと歩いたところにある料理屋に行ってみた。ホテルと同じ料理が半額以下だった。値段の分、食材に差があるのかもしれないが、それほどの違いは感じない。
なら、食事はその店で、といきたいところだが、交通量の多い国道沿いで、歩道もなく、街灯もない。すぐ脇をびゅんびゅん走り抜ける車に気をつけつつ路肩を歩く。向かいから人が来ると、車に警戒しつつすれ違う。暗く慣れない夜道で足元にも気を使う。何だか気が休まらない…。
ぬるくて、ぬるっと
温泉。床がとても滑る。お湯の成分のせいだろうか。
足元に気をつけながら湯船へ。
…ぬるい。
引き込んだ湯が流れ込むところは比較的温度が高いので、自然と人がそこに向かう。広い湯船なのに、人が一カ所に集まってしまう。
ぬるい温泉で油断して風邪、という間抜けな展開を避けるべく、慌ててサウナに入る。が、サウナもまた微妙に温度が低い…。
「はあああ、ほっこりする」という、温泉ならではの幸せな気分はどこへ行ったのか。
…と落胆している場合ではない。床がぬるっと滑るのだ。「ここで転んだら怪我してしまう。気を付けなきゃ」という警戒心が湧き上がり、体の芯に力が入る。一歩一歩に気が抜けない。
濡れた足で滑らないように用意されているバスマットは、ビニール製で表面がトゲ状になっていて、踏むと足の裏に痛みを感じる。私の足が特別にデリケートというわけではないと思うが、とにかくこちらも体が自然と警戒してしまう。二日目からは、いかにバスマットを踏まないで、その向こうのよく滑る床に着地するかが私の努力目標になった。もう、よくわからない。
高齢の宿泊客がよろよろと歩いているのを見ると、こちらも力が入ってしまう。子どもが走って怪我でもしないだろうかとふと心配になり、どうにもくつろげない。
フィットネス施設。一見それらしい設えだが、ランニングマシンはなく、上腕筋を鍛える器具などもない。細かい定期点検が必要とされず、扱いが簡単な種類のものだけが並べられている。
温水プール。一人占め状態で最初は喜んだが、はて経営的にはこれで大丈夫なのか。余計なお世話ながらいろいろ考えてしまった。
優先すべきは
バスの送迎をうたいながら、あっさり「行けません」と言ってしまうのは、どうにかならないか。コストカットが必要だとしても、立地を考えれば、そこは工夫のしどころ、頑張りどころではないか。
温泉も然り。それがホテルの売りなら、ゆったり楽しめる環境を何とか整えなければ。
コスト削減でそれもままならない…。そんな声が聞こえてきそうだが、素直に頷けない。
客のいないプールを漫然と維持し続け、一方で、客が集まる温泉をないがしろにするのはどうなのか。
バイキング料理もどうにかならないか。毎日同じ、すぐ飽きるようなメニューを大量に作り、大量に捨てる、そんな悲しいムダはやめてはどうか。
その分、抑えたコストを回すことで、例えば地元の食材を生かすとか、作りたてを出すとか、今より魅力を高める手が打てるんじゃないか。
素人考えだと笑われるだろうか。
でも、2つだけ確実なことがある。1つは、私があのホテルを再び訪れることはないということ。もう1つは、私が誰かにあのホテルを薦めることもないということだ。
「すべてが完璧」を求めているのではない。せめて何か光る、これぞという魅力が1つあってほしいと思うのだが、どうだろう。
大きな施設に団体客を呼び込んで、お金はすべてホテル内で使ってもらう。そんな時代はとうに終わったのに、何やら過去の栄光を引きずったまま、古びていくままでは、何とももったいない。
大きな図体を無駄に持て余しているなら、例えば、その一部を地域のために生かせないか。例えば周囲の農家の方々と一緒に何か面白いことができないか。
ミカンおじさん
今回の滞在で、素直にいいなあ、と思ったのは「ミカンおじさん」だ。
ホテルのロビーに農家の男性がやってきて、ミカンを売っている。ホテルの食事に絶望していた私は、文字通り飛びついた。
ああ、美味しい!いわゆる普通のミカンだが、地元の人が、その日に食べるとちょうどよい実をもいで持ってくるのだから、美味しいのは当たり前といえば当たり前だ。おまけもくれる。1個じゃなく何個も。せっかく来てくれたんだから、もっと食べてって、という笑顔がまた心地よい。
地元の食材でロビー朝市なんてどうだろう。ホテルの料理に使う分の納品もかねて持ってきてもらう。美味しい料理として提供して、その素材をお土産にいかがですかとお薦めする。お客が持ち帰ってもいいし、宅配便で送ってもらってもいい。気に入ったら、定期的に農家から送ってもらえる仕組みを作ってもいい。
豪華な置物やふかふかのカーペットより、小回りの利く送迎車や滑らない床を。地元の食材や人々との触れ合いや賑わいを。
少なくとも、立派なシャンデリアを飾っただけで、ほいほいお客が集まることはないだろうから。