そこで買うのは客の“義務”じゃない

 開業時、タクシー乗り場は「環境に配慮」して、電気自動車(EV)、ハイブリッド車(HV)専用、と謳っていた。EVやHVのタクシーは数が少なく、やがてタクシー乗り場自体が消えた。続いて、この百貨店も消えた。当然じゃないか。富裕層は高齢だ。近隣のタクシー乗り場まで数百メートル歩き階段を上り下りする負担を考える経営者がなぜいないのかのほうを不思議に思う。

 この秋からある百貨店の地下食品街が、食品の袋詰めサービスをやめた。ご婦人たちがなぜ高価な野菜を百貨店で買うか。近所のスーパーのごちゃごちゃしたレジ周りでビニールにワサワサと袋詰めするストレスから解放される贅沢を野菜の値段に乗せて買っているのだ。

 阪急百貨店は商品を買うのに順番待ち券を渡されるような店も多い。食料品売り場なんか毎度毎度、長蛇の列だ。そんな繁盛店をライバルにしておきながら「客自ら袋詰めせよ」というサービス撤退は、あきらかに間違っている。少なくとももう私はそこで食品を買うことはないだろう。

 そうやって、関西の百貨店は老舗の阪急と阪神だけが生き残ることとなる。

 経営者たちに言いたい。売れないには売れない理由がある。敗戦の前に予兆がある。日常の消費活動はほぼ女性たちだというのに、その女性心理を無視した“配慮”や“短縮”が繰り返され、やがて、経営難に陥る。

 タクシー乗り場のない百貨店も、自分で袋詰めしろという百貨店も、自ら「経営に失敗してます」と公表しているようなものだ。

 経営難なら他社より秀でるものの模索やサービスを工夫すればいいのに、サービスの“短縮”や“縮小”の発想は、お笑い芸人なのに「笑わせずに講演時間を短縮」の発想と同様、バブリーで守銭奴の私には全く理解できない。

 短縮ではなく、売れたいなら付加価値を付ける。
 こんな単純な理屈でも熱く語れば“守銭奴”と言われるから、これくらいにしておく。

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