もう喋ることがありませんので

 私の知人のある男性タレントがいた。
 私が講演会場に行った時、たまたま主催者にした質問「過去にどんな講師を招いたのですか?」に、主催者は表情を曇らせて出した名前が、その知人タレントだった。
 なぜ主催者の顔が曇るのかが気になり、続けて質問した。

 「彼の講演はどうでしたか?」
 「それが……」と主催者が語るには、「1時間半の講演途中、もう喋ることがなくなってしまわれたのです」
 「……それで? 彼はどうしたのですか?」
 「もう喋ることがなくなった、と言って、終了時間まで……歌を唄われました」
 「歌!?」
 「はい。歌、です……」

 「会場のお客様の反応は?」
 「静かでした」
 「盛り上がらなかった、ということですね」
 「……はい」

 知人とはいえ、同業者として情けなかった。喋ることがなくなったからといって歌を唄ってどうするんだ。主催者は演歌歌手を呼んでいない。文化講演会を託した主催者の困惑を前に、そしてステージ上での彼のパニックが目に浮かんだ私は思わず言った。

 「すみませんでした!」
 謝らないではいられなかった。

 後日、本人から「どうしたら君みたいに本を出せるかを教えてほしい」と電話があった。
 「書いたの?」「まだ」「書けたら相談に乗ってあげる」と電話を切った。

 次は本だ、と、挑戦するまえに、まず、今ある講演をちゃんとやれ。1時間半も言葉が持たないのに、数百枚のどんな文章を紡げるというのか。今ある仕事をちゃんとやってから次の分野に手を出せよ。歌でごまかしやがって! 全部聞いとるぞ! 

 とは、言わないでおいた。
 彼は予想通り本を書くことなく、やがて、芸能界では見なくなった。

 彼はゆとり世代ではない。貪欲にビジネスチャンスをいつも模索していた。
 焦ってもいた。だから挑戦ばかりを繰り返す。やっては失敗し、失敗したから次は……といつも仕事のことを考えていた。

 はて、1時間半を意地で歌ってでも主催者との約束を守ることがいいか、最初からゆとり世代みたいに「1時間半は無理だから」と安全策を取るほうが正しいのか。
 前者は失敗したら次はない。後者は守りに入って面白くない。

 結果、どちらも……売れない。
 やはり同じ結論に行きつく。売れないには売れない理由がある。

 大阪に鳴り物入りで進出した名門百貨店が、4年であっさり白旗を揚げ、事実上の撤退をして久しい。