この動画は偶然カメラに収められたのだろうか。おそらく隠し撮りだろうが、撮る側は「今から起こること」を予期して撮影を開始したのではないか。撮影者が「また始まるぞ」と思っていなければ、この映像は撮れないのではないか。

 2人の関係性に暴力があることをすでに他の人も知っていた。だからこそ、体育館で並ぶ姿を撮影し続けていたのではないか。推測だが。

 「ここ1年くらいは暴力を受けていない」という宮川選手だが、それは「ここ1年は殴られていない」というDV夫を持った主婦の夫のかばい方と何が違うだろう。

 あの動画から読み取れるのは、ひどい暴力、ということ以外に、指導ではなく感情優先が常態化し、他者も見て見ぬ振りをして容認していたことだ。

まさにドメスティックバイオレンス(DV)

 これは、夫婦間のDV関係から逃れられない依存関係とダブって見えて仕方がない。

 そもそもDV夫は「もう二度と妻を殴りません」と警察や妻の家族に約束しても、殴るのだ。妻はもともと好きで結婚したわけだから、「殴らない」と宣言してくれるならと生活を続ける。でも夫は感情に任せて妻のせいで殴らざるを得なくなるのだと主張しつつ暴力を振るう。とどのつまりは「俺を怒らせるな」的圧力と恐怖で妻を支配しようとする“女を殴りたい男”だ。しかし妻は「暴力はあるけど優しい人だし、子供もいるし」と辛抱しようとする。他者が強制的に離婚させることはできない。だからといって「本人がいいというならいい」と黙殺していいのか。スポーツの師弟関係においてもしかりだ。

 大前提として、感情を抑えられない人間は、本人のよほどの努力や、カウンセリング、同じ悩みを持つNPOなどで治療しないとその衝動を抑えることは難しい。感情で他人を殴れる人の「もうしません」は、残念ながらDVから逃れるためのシェルターやDV法まである現実を鑑みると、その約束を守ることの困難さがうかがえる。