高畑淳子さんのテレビ会見について言えば、女優であり母である女性が、世間に対して詫びを入れるために、テレビ中継を選んだ、という括りになる。

テレビは何を映したか

 だから被害者への視点はそもそもそこにない。彼女は"世間に"謝った。

 立派な姿勢だったという感想は、息子を思う母親として、だ。女優としてなら記者会見を逃げなかったということに評価がある。

 ただ、そこに並ぶ言葉の随所に、息子への甘さが垣間見え、そこをもって上沼さんの「過保護が服着て喋ってる」発言になる。

 この発言について少々補足すると、これは「全文」ではない。この「一言」を発言するにあたり、上沼さんが費やした時間は約10分間だ。10分間、自分の見解を述べられる自分の番組があって、成立した発言だ。10分の中にはこれから批判する人物への配慮や息子を育て上げた自分の経験談などを交え、説得力のあるものになっている。"息子を苦労して育てた経験者"の言葉に力を感じた視聴者は少なくないだろう。

 “私”は、あの記者会見をこう見た。

 詫びの演出がプロ級だった。衣装、メイク、時間制限なし、立ったまま、などなど。

 正直に語ることが同情を呼ぶこともあるが、正直に語りすぎたとも思う。

 本人が「言ってはいけないのですが…」と前置きした発言は、本当に、言ってはいけない言葉だった。

 「母は母だから、お姉ちゃんはお姉ちゃんだから」

 これは“味方宣言”だ。縁切りしてもいいほど最も叱らねばならない瞬間に、もう許しているじゃないか、と。どれほど厳しい状況になっても見捨てない、ということを本人に伝えたかったのだろうが、"加害者側"という視点が落ちている。